フィリピンからお礼状が!

表題の通り、2013年にフィリピンに甚大な被害をもたらした台風30号被害の支援を、ゆめ風は、2014年4月から、DPI日本会議と一緒に続けてきました。
そのことに関し、現地から感謝状を頂きました!

(光の反射などで見にくく、文字が小さくてすみません)
送ってくださったのは、フィリピンの拠点となった、「ライフヘブン 自立生活センター」のアブナーさんです。
和訳したものが、こちらです。
感謝状
Yume-Kaze Fund 殿
フィリピンレイテ島の台風「ハイエン」の被災者、特に被災障害者への支援に対する
価値ある貢献と揺るぐことのない決意に感謝を表します。
2015年4月17日
ライフヘブン 自立生活センター代表
アブナー N マンラパズ

こういったものを頂けたのも、皆様からのご支援があるから、です。
困っているところに、すぐ。
手渡しをするように。
ゆめ風に、いろんな思いを託してくださって、ありがとうございます。
この感謝状は、皆様のものです。
ご報告申し上げます。
ありがとうございます!

フィリピン巨大台風被害~手の届かない障害者への国際支援を

馬垣理事が代表を務める、社会福祉法人 ぷくぷくの会が発行する、「まねきねこ通信」より、
先のフィリピン視察に行かれた、千葉寿夫さんの文章を転載いたします。
ここから転載。
フィリピン巨大台風被害
手の届かない障害者への国際支援を

障害と開発コンサルタント 千葉寿夫さん・想像を絶する台風被害
昨年11月、フィリピンを直撃した台風30号・ヨランダ(フィリピン名)によって、中部レイテ島を中心に高潮や土砂崩れなどによる甚大な被害が発生しました。
死者・行方不明は7千人を超え、避難した被災者が390万人とも言われる深刻な被害です。
ところが、災害復興支援が遅々として進まず、3カ月経った今も、食料・水の不足、衛生環境の悪化など被害拡大のおそれすらあります。
とりわけ障害者にとっては、東日本大震災でも見られたように、食料などの支援物資を配給しているところまでたどり着くことができない、避難所を利用できない、情報が得られないなど、困難な状況に置かれます。
8月にも大洪水災害があり、すでに動き出していたゆめ風基金と、DPI日本会議が協働して今回の被災障害者支援のため、現地調査が行われました。
タクロバンの障害者共同組合のメンバーを中心に聞き取りが行われ、車イスなど福祉機器の提供等が進められます。
フィリピン大学に留学中でアジア途上国の障害者の状況を情報発信している千葉寿夫さんが現地での協力者として同行されたので、報告をお願いしました。            (文責・編集部)
 
ヨランダ台風発生から88日目にあたる2月3日、DPI日本会議、ゆめ風基金・ぷくぷくの会、AJU自立の家のみなさんに同行し、今回もっとも甚大な被害を受けたフィリピン中部・タクロバン市を視察しました。
被災現地に足を運んだのは、昨年11月末にセブ島北部の訪問に続いて2回目です。
被災直後の現地は大混乱で、通信・交通手段も麻痺していました。障害者連盟
の方にお話を聞きましたが、彼らも「まだ行ける状況でない」という状況でした。
フィリピン政府やNGOは一般の救助に手一杯で、障害者は取り残されているようで、「緊急に、薬、福祉機器などが必要になる」とのことでした。
今回視察をしたタクロバンも、当時はどうなっているのか分からない状態で、障害者団体もバラバラに動いている感じでした。
昨年11月末の段階では、災害から20日ほど経っていたにもかかわらず、セブ島北部は電柱が軒並み倒れているため、電気も復旧していませんでした。
風速100mの強風による家屋の倒壊が主な被害で、学校や体育館など大きな建物でも、屋根が吹き飛び鉄骨があわらに曝されていました。
この時は、RBI(視覚障害者支援基金)の視察に同行させて頂きました。
代表のランディー氏は、視覚障害学生支援プロジェクトで日本財団時代に一緒に仕事をしていた同僚です。
彼らは、現地の特別支援学校と提携しているので、視覚障害児がどこに住み、どのような被害を受けているのか把握していました。
障害者の直接参加が重要
この時は、フェリーに乗ってバンタヤン島へ行き、被災した3人の視覚障害児の住居と特別支援学校を訪問しました。
フィリピンでは、障害者のインクルーシブ教育の推進として、各地方にSPEDと呼ばれる学校があります。
普通校の敷地内に併設された障害児用の教室が、視覚・聴覚などに分かれて設置されている学校です。
訓練された教師が視覚障害児には触図や点字を使って教えたり、聴覚障害児には手話を教えたりします。
一般クラスでもやっていける学力があると判断されれば移動もできるそうで、一般クラスで主席を取る障害児もいるそうです。
幸い特別支援教室には被害がなかったそうです。
ランディーとRBIスタッフは、すぐに被害状況を細かく確認し、住居の修繕に必要な資材や工程、そして費用を算出していましたが、まだ連絡が取れないレイテ島(タクロバンなど)を考えると、100軒以上の視覚障害児の住居が深刻
な被害を受けているようでした。
日本からの支援を考えれば、生活再建は寄付や基金で支援し、コミュニティレベルの障害者を含んだ防災戦略は、専門的に計画し、長期に実施されなければならないでしょう。
その時、障害者の参加が何よりも重要になります。
タクロバン現地でニーズ調査
今回の視察では、タクロバン障害者共同組合のメンバーを中心にヒアリングし、被害状況を確認しました。
2月3日午後4時、タクロバン空港に降り立つと、ターミナルはまだ被害を受けており、荷物置き場も屋根があるだけ、吹きっさらしの状態でした。
空港から外に出ると、市内に進む道には、国連の簡易テントが散在し、倒壊したビルが残され、電線が垂れ下がり、寸断されていました。
幹線道路の脇にはUNHCR(国連難民支援機関)やUNICEF(国連児童基金)のテントが並び、掘建て小屋みたいなキオスクが並んでました。
建物もまだ壊れたものが多かったです。
市内に入ると、さすがに人通りが多くなり、復旧支援のトラックやバンとともに、トライシクル(サイドカーを着けたバイクタクシー)やジプニー(小型乗合バス)などが行き来していました。
店はオープンしているものの、電気は一部復旧に留まり、物資は一応揃ってますが、簡素に並べてあるだけでした。
コンベンション・センターの周りに避難所が用意されていましたが、水道もまともに来ておらず、テント横の側溝には下水が溜まっています。
そして海に突き出した簡易トイレが、衛生環境の悪さを物語っていました。
電気は簡易の太陽光発電機で、太陽光と言えば聞こえは良いのですが、玩具みたいな機材にLEDが付き、わずかな明かりと携帯の充電くらいしかできない代物です。
被害から3ヶ月近くたっても電気も復旧していない、というのは、話しでは聞いていたものの、正直、これほど進んでいないのか…と、驚きました。
バスターミナルで現地の障害者団体と落ち合い、その日は簡単に打合せをしました。
翌4日、障害者団体の事務所で現状の確認をしました。
タクロバン市内のTAPDICOという障害者約20名の共同組合を通して、障害者のニーズ調査や現状調査、事務所に来られない障害者の自宅訪問を行いました。
彼らが集めた障害者リストを頂き、現状のヒアリング。
その後、車イス等の福祉機器が必要な人15人以上との面談を行い宿舎に戻りました。
彼(彼女)らは、当面の食料や住居は確保できているものの、生活上の困難を多く抱えており、特に知的障害児の親には公的支援もなく、病院にも行けず、負担を1人で抱え込んでいるようでした。
視覚障害者夫妻にも出会いましたが、避難所の簡易テントで娘と親の4人生活を余儀なくされていました。
今回面談した障害者の多くは、震災以前から生活上の困難を抱えていました。
TAPDICO自体は共同組合であり、組合員として働ける障害者には収入がありますが、それ以外の障害者は自力で生計を立てなければならなりません。
就職口は限られ、家族の世話になる人も多く、障害当事者団体が組織されていないタクロバン市では、利用できる資源も限られています。
今回の支援は主に福祉機器の提供などが中心になるため、障害児は体の測定も行い、適切な車イスのサイズを確認していました。
視察隊は、TAPDICOの活動支援として、現在の工房や事務所の復旧作業に使うための車(マニラの障害者財団提供)の修理も行い、障害者の移動のため、復旧作業のため必要な支援は直ぐに提供していました。
政府の支援策と日本の役割
インフラ整備の遅れは中央政府に期待したいのですが、障害者支援に関しては、政府機関である全国障害問題協議会と民間団体の全国障害者連盟(A・K Pinoy)が協力して、復興支援策を策定中です。
2月下旬に関係諸団体を集め、マニラで支援内容を協議し、実施する予定になっています。
その他にも、国立国会図書館が障害者を含む社会的弱者の被災状況や避難の状況を聞き取り調査し、電子ファイルとして恒久的に保存することを考えているようです。
フィリピン中部は毎年強い台風が予測されるため、被害を少しでも防ぐために、過去の教訓から学ぶことが非常に重要です。
最後に
国全体の取組みに留意しながらも、日本の障害者団体として地に足のついた支援を提供することは非常に重要です。
現地の障害者団体と協力すれば、日本からでも十分に有意義な支援を提供することができます。
今回は福祉機器の提供を念頭においていますが、寄付金自体も貴重ですし、自助団体の設立を支援する方法もあると思います。
フィリピンにいる私たちとしても、現地情報の共有だけでなく、寄付集めなどの具体的な支援に繋げたいと思いました。
今後も現地を訪問し、フィリピンの障害者の様子を肌で感じて欲しいと思います。
そこから交流が生まれ、知識の共有がなされ、支援に継続性が生まれるかもしれません。
台風発生から3カ月近くが経過しても、復興は始まったばかりです。
支援を必要としている障害者が沢山いますし、ニーズはいくつか確認できました。
これからをもとに日本で報告会を開き、具体的な支援策を決めていくことになります。
復興には長期的な取り組みが求められます。
日本からできることを考えてみて欲しいと思いますし、息の長い支援をお願いします。
以上。

フィリピン台風30号被害・現地視察について②

①からの続きです。
活動拠点とした「TAPDICO」は、2008年に発足した約20名の組合員からなる障害者自助組織( いわゆる障害者の共同組合)であり、働ける軽度や聴覚障害者が大部分を占めています。
市政府から提供された事務所で、学校用の椅子等を作製することで収入を得ています。
調査団は、ポリオや四肢切断等の約10名のTAPDICOメンバーと面会しました。
被災後、メンバーの多くは事務所内及び事務所の隣に設置された仮設住宅で生活しています。
聞き取り調査は、事前に用意した質問票に沿いつつ、障害の状況、現在の生活、福祉機器ニーズについて訪ねていきました。
聞き取り対象者は英語を話すものが少なく、タガログ語またはワライ語で、そこから英語への通訳は、
TAPDICOマネージャーのJose Juby Albay氏が行いました。
また、聴覚障害者に対しては、佐藤神父が手話にて聞き取りを実施。
2月4日には、事前にTAPDICOが把握したリストにより来所を呼びかけた障害者21名(TAPDICOメンバーを含む)に対しインタビューを行い、2月5日は5名の障害者を戸別に訪問し、調査を実施。
2月6日には、視察したコンベンション・センターの周辺で2名の障害者を戸別に訪問。
聞き取りした障害者は合計28名。
必要とされたのは、
車椅子 15台 (内子ども用5台)
松葉杖 8組
白杖  4本
トーキングフォン 2台
補聴器  4個
義肢装具 4台
車椅子車輪交換  1件
医療支援  2名   
すべての障害者に会えたわけではないので、まだまだニーズはあると思われます。
出会った人たちの中には、足をけがしたまま、医療を受けられず、壊疽をおこしかけている人も。
活動拠点となる予定の「TAPDICO」の事務所が、政府からの借用物件で、
ずっと利用できる保証がないので、TAPDICOは、新事務所への移転を計画中です。
・土地:CCA(Canadian Co-operative Association:カナダ協同組合) の資金により、郊外の土地10,000㎡(150万ペソ(約340万円相当)を購入し、現在、土地の認証手続き中です。
事務所、事業である椅子等の作製所、メンバーの住居を併せて建設する予定。
・事務所:CBM(キリスト教系の視覚障害者支援NGO)の資金により建設するが、作製所の建設にかかる80万ペソ(約180万円)、また整地、電気・水道工事にかかる50万ペソ(約110万円)の資金を得られていない。
調査団は事務所移転に対する日本側の支援の実現可能性を検討すべく移転予定地を視察したが・・・。
移転予定地は、中心部から車で30分程の郊外にあり、周辺は草地が広がる未開墾地であり、事務所建設までには相当の時間がかかると考えられる・・・。
といった状況です。
資金については、支援Tシャツを作り、日本で販売するなどの予定もあります。
海外支援の経験もあるNPO、NGOとの協働も必要になっていきます。
長期的な支援が必要であることはまちがいありません。
まず、忘れないこと。
東日本大震災の復興もままならぬ状況の中、できることから支援し続けていけたらと考えています。

フィリピン台風30号被害・現地視察について①

先の台風で甚大な被害を被ったフィリピンに、
ゆめ風基金の馬垣理事、
社会福祉法人AJU自立の家:小倉さん、
障害と開発コンサルタント(D-knowledge代表):千葉さん、
フランシスコ会神父、PSFADC(フィリピン聖フランシスコ・デフ・センター) 代表:佐藤さん、
特定非営利活動法人DPI日本会議事務局員:堀場さんが、2014年2月2日から同年2月8日まで現地調査に行ってきました。
大変遅くなりましたが、そのご報告をさせて頂きます。
なお、詳細な報告書は、DPI日本会議のホームページにも記載されています。
被災地が海外ということもあり、どのような様子か、行ってみないとわからないというのが大きく、
風習の違いや障害者福祉への施策の違いなど、もろもろの異なる文化を持つ国。
相手に寄り添った支援をすることが大事ですが、それが長期になることが充分予想されます。
視察の目的は、前回2013年12月の第一次視察ではつかみきれなかった、当事者の現状把握はもちろん、
日本と現地を結ぶ助けをしてくれる当事者団体を見つけ、緊密なミーティングを行うことなど、です。
それによって、障害者の情報を収集し、「支援するもの」は何か、が見えてきます。
今回は、タクロバン市の当事者団体であるTAPDICO(Tacloban Persons with Disabilities Cooperative:タクロバン障害者組合)を現地活動拠点とし、同市内での福祉機器ニーズを含む障害者情報の収集を行いました。
調査の結果、以下の結論に達しました。
●視察後、馬垣理事とDPI日本会議は、今回のフィリピン台風被災障害者支援をゆめ風基金と協働して行うことを決定しました。
●活動拠点となる当事者団体との連携が可能と思われることから、支援対象となる地域は、レイテ島の中心都市であり被害が甚大であるタクロバン市とします。
また支援金が持続的に被災地の障害者の生活環境の復興に役立つよう、支援方針を以下の2点に絞る。
①当事者組織の拠点整備(事務所の改修、備品購入等)。
②(車椅子を含む)福祉機器の提供。
3ケ月経った今の様子をまず写真でご覧ください。

(陸に打ち上げられたまま放置されている船。右に小さく映っている車と大きさを比べてみてください。かなりの大きさです)

(風で折れ曲がった標識)

右手奥に見えるテントは、支援に入っているNGOなどのテント。現地の人たちは、バラックのようなところで生活)

(下水など復旧しておらず、集落になっているところから溝を作り、垂れ流している。衛生面でも不安が・・・)
以下、DPIの報告書より抜粋します。
1)電気、水道
電信柱が各所で傾き、倒れており、電力供給は部分的に復旧していると聞いたが、大部分はジェネレーター使用によるものと考えられる。
中心部を外れると日没後は極めて暗い。
また避難所や貧困家庭では、支給されたと思われるソーラー発電の懐中電灯の使用が散見された。
水道は普及しておらず、各家庭には大小のタンク、バケツが置かれており井戸や避難所の供給に頼っている。 
2)交通インフラ
街の中心部は舗装が行き届いており、道路の被害は僅少であるように見られた。
ジムニー(乗合バス)、トライシクル(サイドカー付バイク)など交通量は多く、また被災後に入ったと思われる新車のハイエース、ハイラックスやフォードのSUV車等も多く見られた。
バランガイ( 同国の最小行政単位)の警官が交通整理に当たっていた。
3)住宅
海岸に近い家ほど高潮により損壊が激しい。
内陸の家は強風により(最大瞬間風速は105mとされる)屋根が飛ばされているケースが多く見られた。
住民は部分的に壊れた家屋を自力で補修、または放置して住み続けている。
建築用の木材が街の各所で積まれている。
また、各所で国連機関や海外NGOにより仮設住宅が建設されている。
コンべンション・セターの敷地内や海岸近くにはUNICEFやUNHCRによる仮設テントが設置されている。
5)救援活動
ア)現地政府による救援活動
訪問した市政府の担当者によると、被災前には約800名の障害者が登録されていたが、高潮によりデータを紛失した。
現在約100名のリストを作成している。
災害前には家具作製等の事業に対しローン提供を行っていたが、現在は行っていない。
同国の中央政府における障害者政策はDSWD (Department of Social Welfare and Development:社会福祉・開発省)が担っているが、地方分権が強い同国においては市政府の下に置かれるPSWD(the Philippines Social Welfares Development:社会福祉開発室)が州単位で障害者フォーカル・パーソンを設置し、障害者のリストを作成している。しかし障害者に対する行政支援は特には確認できなかった。
イ)海外からの救援活動
街の各所で支援機関の看板や旗が見られた。
確認できたのは赤十字、Caritas、USAID、セーブ・ザ・チルドレン、UNDP、UNICEF、UNHCR、OXFAM、HANDICAP International、CRS(カトリック救援事業会)等である。
UNDPによるキャッシュ・フォー・ワーク[被災者を復興事業に雇って賃金を支払い、被災地の経済復興と被災者の自立支援につなげる手法]と思われる瓦礫除去なども確認できた。
市のソーシャルワーカーによれば、避難所となっているコンベンション・センターでは12名の障害者が生活しており、HANDICAP Internationalが福祉機器を提供しているということだったが、TAPDICOが把握していた高齢の女性(表2 27番)は車椅子を有していなかった。
②に続きます~

フィリピン台風30号被災支援について

フィリピンを襲った台風30号、Haiyan災害から一か月が経ちました。
ゆめ風基金では、DPI(障害者インターナショナル)とJIL(全国自立生活センター)と共同で
障害者支援を行っていくことを確認しました。
その後の状況ですが、
・障害者の消息がなかなかわからないこと。
・物資や支援金の受け皿となってくれそうな当事者団体が、障害者の情報収集などで奔走中、今後連携する前提で調整中であること。
・輸送が不安定で、今すぐ物資が運べない状況。
など、日本とはまた違った厳しさが浮かんできました。
ゆめ風基金の馬垣理事が、12月14日に現地入りして、当事者団体の、マニラ首都圏にある、
ライフ ヘブン 自立生活センター所長のアブナー氏(車椅子使用者)と会い、
今後、どのような支援が可能か、協議する予定です。
募金活動を行っている当事者団体もあります。
もし、ゆめ風基金にお寄せいただけるなら、「フィリピン」とお書きくだされば、
台風被害の支援に用います。
日本語がわからない土地での支援、しかも壊滅状況にある地域の情報が入らない今、
確実に、被災地へ届けるため、馬垣理事の報告を、お待ちいただければと思います。
よろしくお願いします。

フィリピン台風30号 被災障害者支援について

皆様もご存じのとおり、2013年11月9日にフィリピンを襲った台風30号(国際名:Haiyan ハイエン、フィリピン名:Yolanda ヨランダ)は、
フィリピン中部のレイテ島、サーマル島などに甚大な被害をもたらしました。
死者5235人、行方不明1613人(11月25日現在)被災者約950万人、全壊家屋約1万3000棟と報道されていますが、時間の経過とともに、被害はますます増えると予測されます。
11月8日朝の時点で、最大風速87.5メートル、最大瞬間風速105メートルを記録したということです。(ウィキペディア「台風第30号」より
現在も被害の全容はいまだつかめていません。
家屋倒壊による圧死だけでなく、津波のように押し寄せた高潮による溺死などで多くの被害が出ているようです。
ゆめ風基金では、フィリピンの障害者団体とつながりの深い馬垣理事を中心に、DPI日本会議、CODE(海外災害援助市民センター)と連絡をとりながら被災障害者情報の把握に努めているところです。
DPI日本会議の連携団体であるマニラの自立生活センター「ライフヘブン協会」が、被災地調査を開始しましたので、障害者の被災状況について、追って報告が届くと思われます。
これまでの災害で明らかなように、災害時、障害者は、避難できない、避難所を利用できない、情報が得られないなど、普段以上の困難に置かれます。
ゆめ風基金では、DPI日本会議、CODEと協力しながら、フィリピン被災障害者支援にあたっていきたいと考えています。
今後、詳しい情報が入り次第、皆様にもお知らせいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。