実は、私、事務局員・福本千夏は、
9月9日~9月15日、東北研修に行かせていただきました。
私にとっての「東北」は、小岩井牧場や宮沢賢治記念館の、美しいのどかな風景。
家族でとった一昔前の写真は、少し色あせています。
震災前、友人たちと行った山形国際映画祭では、若い世代のエネルギーと東北の魅力をふんだんに味わいました。
震災が起きてから2年半、テレビからは、海開きやさんま業、政界、皇室関係者の訪問が、復興の証としてニュースが流れています。
私たちは、ともすれば、それを異国の出来事と同じぐらいの視点で見ています。
でも、東日本大震災を経験したかたと、震災後に東北に足を運んだものはわかる・・・。
国は、東北を見捨てていることを。
震災直後から、東北の映像を目にするたびに心は痛んだ。
何もできないのだけど、東北に足を運びたい。
亡き夫がもう一度行きたかったはずの東北。
ゆめ風基金の事務局員として、震災後、2年半たった東北が置かれている状況を知りたい。
だけど、何をしでかすかわからない私。
「何かしたら、その時考えたらええ。が、暴れて飛行機だけは落とすなよ」と、
ゆめ風の同僚たちに背を押され、手を引かれ出発!!
伊丹空港~花巻空港までおよそ90分。そこからバスを乗り継ぎ4時間・岩手県宮古市到着。
地図で観ると、すぐそこという感じがしてしまうが、宮古市は遠い。
くねくねとした山道。
夕方近く、薄暗い車中でも、谷深い山をいくつも越えているのがわかる。
「うわっ。鹿だ」山のことを何も知らない私でも、先人たちがこの地で生きてきた知恵と経験は、壮大なものであることは想像できる。
今、はぎ取られている山は、綿密な計画の元だろうが・・?
私の眼には無秩序、無計画に映る。
(今回、拠点にさせてもらった、被災地障害者センターみやこの事務所内)
着いたあああ!
今日から一週間の東北研修。
体も心も少し背伸びして
ううーん。
とりあえず、薬に助けてもらって寝ます。
翌日、(9月10日)ハックの家に伺いました。
ここは、岩手県下閉伊郡田野畑村にあるパン屋.織物、漬物3工房の作業所。
ゆめ風基金と連携して、被災地障害者支援を行っています。
出迎えてくれた障害者スタッフと共に作業所を運営する健常者スタッフは、
「震災の時はね、道路がふさがれてねー。でも、復興業者が利権のもとで道路造ってちゃ・・・。復興とは名ばかりで。行政区画もはっきりしない中じゃ住居はなかなかね。でも、順序が逆で しょ。震災後は人口流出に歯止めがきかなくなって・・・。そりゃー、帰ってくるところがないもの」
穏やかな表情と言葉が、心の引き出しにしっかりと入りました。
(スタッフさんとの記念撮影)
沿岸部に行けばいくほど、彼女の言葉はより真実となり私に迫ってきた。
あたり一面、町があったであろうと思われる広大な水を含んだ土地。津波にすべてをのみこまれた、ここにいたであろう人たちは、あの時も今も声をあげることなどできない。
とうとう震災関連死が、震災死の数を超えたという新聞記事を思い出す。
私たちは誰かに何かを押しつけて、誰かに何かを押しつけられて生きているんだけど、この光景は・・・死人に口なしは・・・。
唇をかみ、こぶしを握り締めながら、次の訪問地、センター釜石に着いたのは夕方。
ほっ。
(スタッフさんたちと、はいチーズ!)
次回・その2に続く
(少し間があくかもですが、気長に待っていてくださいね!)