N協:小西さんの被災地訪問リポート

遅くなりましたが、7月末に岡山県に豪雨災害ボランティアとして行ってきた、小西寿一さん(社会福祉法人ノーマライゼーション協会・常務理事)のリポートを掲載します。

 

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2018年7月26日~28日・岡山県総社市(そうじゃし)災害ボランティア支援【報告

学生時代の「後輩」が岡山県総社市の出身で、この度の西日本豪雨で総社市が被災しました。後輩(彼)は、現在、総社市役所に勤務し、災害対応にあたっています。「後輩」のふるさとの一大事と思い、ボランティア支援を調整・準備し、7月25日(水)の晩、新幹線で岡山駅に向かい、在来線で倉敷駅の近くのビジネスホテルに泊まり(※総社市の宿は早い段階から探しましたが、ビジネスホテル自体が極めて少なく、まったくとれませんでした)、7月26日~28日まで、総社市社会福祉協議会の災害ボランティアとして、総社市内の被災地域の支援に行ってきました。

7月26日(木)の受付がはじまる前に、「後輩」が災害ボランティアセンターの隣りの市役所から駆け付けてくれて、感極まる再会となりました。

・7月26日(木)は、アルミ工場の爆発と浸水被害とが重なった総社市の下原地区の支援に行ってきました。災害ボランティアセンターからマイクロバスに乗って、現地の対策本部で5人1グループに編成され、支援の必要な世帯ごとにまわりました。

・被災されたAさん宅では、アルミ工場の爆発と浸水被害で、窓ガラスも吹き飛び、戸もほとんど外れてしまっており、すごい状況でした。家はどの世帯も住める状況ではありませんでした。納屋の床と壁がアルミ工場の爆発の爆風で7㎝ほどズレて隙間が空いていました。
Aさん世帯は、現在避難所に身を寄せており、日中に被災した家屋に戻り、片付けをされておりました。お宅では、土砂をかき出した後で張られていた窓などのブルーシートがはがれ、全部張り直ししなければならない状況でした。窓や戸などのそれぞれの大きさを測り、その大きめに合わせてブルーシートを切って、ひもで縛ったり、壁に強力ガムテープで貼ったり、木枠で釘を打ちつけ固定したり、細かく対応しました。 私もこれまでの震災支援においてブルーシート作業も経験しておりましたので、一定スムーズに対応することができました。グループには、日曜大工が得意な方もおり、協働して集中して取り組むことができました。

  • 今回大変気を使ったのは、熱中症対策です。現地では数日前にボランティアが熱中症で倒れたという状況もあり、支援の作業時間を見ながら、水分や塩アメの補給や休憩も入れながら、作業を行いました。
  • 被災地では、土砂が乾いたホコリが舞っており、帽子、作業用ゴム手袋、(粉じん対応)マスク、長靴、長そで、長ズボンなどで、ケガや事故を予防しながら作業を行うため、ものすごく熱いわけです。私も事前にメッシュ生地のものを準備して、現地に入り対応しましたが、それでも相当汗をかきました。支援グループのみなさんが大量の汗をかいておりました。
  •  Bさん宅では、浸水被害で庭の吸水性のバラスが大量に散乱してしまったので、これを集めて、再度庭に巻きなおす作業を行いました。バラスはまわりに相当散らばっており、これを手作業で集めていきました。カンカン照りだったので、焼け付くような作業でした。

 

  • 7月27日(金)は、再度、アルミ工場の爆発と浸水被害とが重なった総社市の下原地区の支援に行きました。ここでは、Cさん宅の納屋や家屋のブルーシート張り(1階や2階)を8か所ほど行いました。ここもアルミ工場爆発の爆風と浸水被害で、窓ガラスや扉が吹き飛んでおり、ブルーシート張りは相当苦労しました。

 

  • 台風12号が想定外のコースで東から西に接近しているという情報が対策本部から寄せられていましたので、入念に窓や扉も含めてしっかりブルーシートを張り、風で飛ばされないように、土嚢もつくり、しっかり設置しました。
  • 7月28日(土)は、台風12号の影響を考えてのことなのか、倉敷市や他市等では、災害ボランティアセンターを休止するということになったようです。総社市では災害ボランティアセンターは休止せず、被災現地には行かないが、大量の物資の仕分けや片付け、災害ボランティアセンターに要望のあった地域に出向いて台風に備えた土嚢づくりなどの活動を行いました。そのため、前日まで倉敷市に行っておられたボランティアの方も情報を聴いて、相当の人数が総社市の災害ボランティアセンターに結集されておりました。
  • 30人ずつの5グループに分かれ、交替しながら、物資の仕分けや搬送作業を行い、テントの片付け作業を行いしました。
    この作業を一定終えた後で、午前11時頃より、私も含めて5人のメンバーで2グループ(10名)が、総社市社協のスタッフの車とボランティアの車に乗り込み、災害ボランティアセンターから30分以上山手の小学校で、台風12号に備えて土嚢を50個ほど作りました。そして、そのまた山手の地区に移動し、台風12号に備えて150個ほど土嚢をつくりました。
    土嚢づくりは久々に行ったので、腕と腰に身が入りましたが、チーム全体で集中して行いました。この日、私が参加したグループのボランティアには、飲食関係者、家電会社関係者、地方銀行関係者、大学教員、高校教員や生徒など、様々な方がおられました。
  • 今回、災害ボランティアに関わったみなさんとは、一期一会で、それぞれの関わる理由や背景は様々ですが、みなさんが一致している点は、「自由意思に基づく主体的な行動」としてボランティアに参加しているというところです。それぞれのモチベーションやミッションをもって参加されていました。
  • 下原地区の関係者が言われた「8割は片付いたが、後の2割が長くかかる」という言葉が心に染みました。今回の西日本豪雨は、被害の状況や範囲が極めて大きく、私は、東日本大震災で沿岸部が津波で壊滅的な状況になった「あの風景」を回想しました。
  • 今後、被災した家屋をどう復旧し、暮らしを再建していくのかという、大変重く深刻な課題があります。
    「後輩」のふるさとの思いや復旧・復興の歩みに寄り添い、連帯して関わっていきたいと思います。
    また、「ゆめ風基金」と連帯して、関連する障害当事者の地域や事業所等への支援を協働して取り組んでいきたいと思います。

 

 

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