5月2日から5日まで、大阪府大東市の野崎観音で人権パネル展「3.11東日本大震災「その時障害者に何が起きたか!」が開催されました。この人権パネル展は29回目ということで、今年はゆめ風基金が製作した被災地の障害者支援活動を紹介するパネルを展示することになりました。
また、毎年参道から境内へと15万人が訪れる「のざきまいり」(5月1日~5月8日)の特設ステージをお借りし、ゆめ風基金を応援するため、3日は河内家菊水丸さん、4日は桂文福さんが駆けつけてくださいました。
3日は天気が心配でしたが、菊水丸さんのステージは雨が降らず、とても幸運でした。両日とも決して広くはない境内の開いているスペースが埋め尽くされ、大盛況でした。
お二人がよびかけてくださり、支援金もたくさんいただきました。
河内家菊水丸さん、桂文福さん、ほんとうにありがとうございました。
パネル展の方は約2500人のご来場をいただきました。支援グッズも良く売れました。
大東市市役所のみなさん、大東市人権啓発推進協議会の市民のみなさん、そして場所の提供に限らず、特設ステージの貴重な時間を提供してくださった野崎観音さん、関係者のすべてのみなさん、ほんとうにありがとうございました。
つづけて、11日には大東市立サーティホールで紙ふうせんさんのコンサートが開かれます。お近くの方はぜひご来場ください。入場無料ですが、入場整理券が必要です。くわしくはご案内していますチラシをご覧ください。
ゆめ風基金に送金してくださった方の手紙
時々寄付金を振り込ませていただいています、Iと申します。
先日、夫と友人達で同封のチラシ(2012年1月14日 「中神治夫の一人語り芝居」、「アンデス興業のフォルクスローレコンサート」)のような公演を行いました。収益の一部を募金として振り子乗せていただきましたので、お知らせいたします。
当日は寒さの厳しい1日ではありましたが、多くの(?)晴女、晴男達に助けられ、お天気に恵まれたためか63名の参加者があり、楽しいひとときを共に過ごすことができました。
上演した作品の「樹のおつげ」(ラフカディオ・ハーン作)は、津波を題材としたお話でした。一昨年に偶然仕込んだ作品だったのですが、昨年3月11日にあのような大きな災害があり、偶然とは思えない何か不思議なつながりのようなものをかんじたりしていました。今回一回きりにはしないで(頻繁にはできませんが)また募金できるようにしていきたいなと思っております。
少額ではありますが、東日本大震災が被災された方達のために使っていただけるよう、よろしくお願いいたします。
それではまた、みなさんお元気で。
栃木県佐野市の古民家ギャラリー風の庵様より
栃木県佐野市の古民家ギャラリー風の庵様より
例年、小室等さんにコンサートに来ていただいていることから「ゆめ風基金」のことを知り、わずかですが送金させていただいています。
今年も当ギャラリーにてご協力いだいた方の震災義援金を送らせていただきました。
その後7名の作家さんと震災チャリティを計画、11月26日、27日に開催し、大盛況に終わることができました。
当ギャラリーがまとめ役になって、109,907円を送金させていただきます。
ご協力いただいた作家さん
茂呂居栄子さん、増山博さん、小林久江さん、島田美智子さん、米山和子さん、島田和子さん、手織工房のろぼっけさん
古民家ギャラリー風の庵様と、風の庵に参集されたすべての方に感謝します。
ありがとうございました。
茨木市の自立生活センターほくせつ24から
「繋がる」ことの喜び 柴島高等学校文化祭
「繋がる」ことの喜び
大阪府立柴島高等学校 チーム繋 代表顧問 和田一幸
わたしたちが今年の文化祭で東日本大震災の被災者支援の募金活動をやろうと思い立ったのは7月初旬だったと思います。本校にはボランティア系の部活動として、「ボランティア部」と「地域子ども交流会」という2つの団体があります。大半の部員が3年生で、3年間の活動の集大成という意味もありました。
募金先をいろいろ探しましたが、最終的に選ばせていただいたのが、日ごろわたしたちの活動でご縁のあるノーマライゼーション協会からご紹介いただいた「ゆめ風基金」でした。わたしたちの学校のこんなに近くに、阪神大震災のときに創設された被災障がい者支援団体の事務局があることをはじめて知り、このたび連携させていただくことにしました。
活動を始めるにあたり、わたしたちは、夏休みに被災地気仙沼に救援活動に出向いた本校生とも協同し、プロジェクトチームを結成しました。今年の本校の文化祭の統一テーマが「繋ぐ」であったこともあり、ゆめ風基金を通じて、わたしたち大阪の高校生と被災地の障がい者の方々とが少しでも繋がることができれば、という思いから、14名の高校生有志で「チーム繋(KEIと読みます)」を立ち上げました。PTAや本校後援会の協賛もいただけました。
募金当日までの間、生徒たちのモチベーションを高めることに努めました。募金を募る以上、生徒たち自身が震災と障がい者の置かれている現状に対して正しい認識を持っておくべきだと感じたからでした。生徒たちは、ゆめ風基金の橘高事務局長にもお会いして被災地のパネル等を見せていただいたり、被災地の障がい者の実情を紹介したNHKの放送を見たりして、彼女たちなりに認識を新たにしてくれたと思います。
しかし、2日間の、しかも高校の文化祭という限られた場所での募金なので、正直なところあまり多くの額のお金を集めることはかなわないだろうと予想していました。ところが実際は終わってみると、本校の生徒やその保護者、その他来場者のみなさまから、わたしたちの予想を大きく上回る募金をいただくことができました。中には家で貯めていたと思われる小銭の詰まった空き瓶をそのまま持ってきてくれた生徒もいました。
「チーム繋」の生徒たちも、それぞれに舞台発表や催しなど、ほかの仕事の合間を縫って交代で募金ブースの当番をし、当番の間は精一杯声を出して募金を呼びかけてくれて、わたしとしても本当によくがんばってくれたと感謝しています。生徒たち自身も予想以上の反響と、集まった義捐金の多さに「やってよかった」と喜んでいました。
これからもこうした活動を機会あるごとに行っていこうと考えています。「ゆめ風基金」の橘高様はじめ、スタッフの皆様には、大変お世話になり感謝の気持ちでいっぱいです。また、生徒たちに貴重な体験の場を与えていただき、ありがとうございました。わたしたちの集めたお金が少しでも被災地の障がい者の皆様のお役に立てば幸いです。
以下に、生徒たちの生の感想を掲載させていただきます。
「この募金活動をして、いろいろな人が募金をしてくれるのがこれほどまでに嬉しいとは思わなかったです。一生懸命に募金の呼びかけをして、お金を入れてくれたときはとてやりがいを感じました。こういう機会があればまたしてみたいです。良い思い出を作らせてくださりありがとうございました。」(1年 H.R.)
「今回、初めて募金活動という貴重な体験をさせていただきました。正直なところ、自分が得するわけではないのですが、大きな声を出して呼びかけて、子どもからお年寄りの方まで、いろんな方が募金をしてくださり、とても嬉しいかぎりでした。このような形でボランティア活動に参加できて本当に良かったと思っています。」(1年 N.S.)
「募金活動をしたのは今回が初めてで、最初は声を出すことにも抵抗があったけど、友達や先輩が募金箱を持って呼びかけるのを手伝ってくれて、それが嬉しくて自分も大きな声で呼びかけるのを頑張ることができました。初めて箱にお金を入れてもらったとき、なんだかすごく嬉しくて、それからも入れてくれた人に笑顔でお礼を言うことができました。たくさんの人とコミュニケーションをとることもできて楽しかったです。なかなか実感できないけど、少しでも東北の人のためになれたら嬉しいです。」(1年 F.K.)
永六輔さんのラジオ番組を通じて
永六輔さんのラジオ番組を通じて「ゆめ風基金」の活動を知り、今回の東北大震災で初めて募金をさせていただきました。
「風だより」に同封されている払込取扱表に記されている「◎この用紙は必要な方のみお使いください。必要でない方はメモ用紙…」、いいですね。おしつけがましくなく謙虚で自然体で。これならできる時にできる分をと、支援を続けられそうです。
山田太一さんのメッセージ、よく言ってくださったと思います。支援をするのにカメラがついていってね「元気を与えにやってきました!」なんて、上から目線に腹がたちます。「与えられたくないよ、自分で輝くよと言ってやってください」。本当にそう思います。
これから厳しい冬がきます。一人でも多くの方のお役にたてればと、できる範囲で支援させていただきます。皆様もお身体ご自愛の上、ご活動下さいませ。
領収書ご送付のお礼と私達の思い・・・ <VM工房ぎふ-上村>
ザ・オンリー・ワンズのチャリティミニライブ
ゆめ風基金
牧口 一二 様
この度は、僅かばかり?、でも本当に沢山の方々の温かい心のこもった義援金の送金?に対し、早々に領収書並びに冊子等をご送付頂きまして、ありがとうございます。
もう、牧口さんはお忘れになられているかもしれませんが、私共法人は、もう10年ほど前に取材にお越し頂きました、岐阜県大垣市のソフトピアジャパンの中で、重度障害者の在宅就業支援の取り組みをしています「バーチャルメディア工房ぎふ」と言います。
当時は、ITサポートの取り組みをしておりましたが、その時、長時間にわたり牧口さんと大変親しくお話をさせて頂く中で、多くの情報と力強い励ましのお言葉を頂き、その後、現在の重度障害者の在宅就労の支援を始め現在に至っております。現在は、在宅でパソコンを使い仕事をしてくれている障害者が20名(含、H23登録者)います。
今回、私共が貴基金にご送金をさせて頂きました義援金は、そうした取り組みの中で、6年前に、可児市/県内にある企業/ギターメーカーの社長さんとの出会いの中で、同社が沖縄のグループ「Begin」と共同開発したギター「一五一会」を、手指の麻痺している私達障害者にも利用できるのであれば・・・と機会を頂き、直ぐに希望する一部のメンバと協力ボランティア等によりバンドを結成し、最初は在宅での仕事によるストレス対策と余暇活動の一環になればと毎週一回/夜、家族等の協力の下に集まって練習をかさねてきました。
まだまだ十分とは言えませんが、最近では昨年の24時間テレビの中でも取材を受け、演奏をしたり、色々な催しに声をかけていただき演奏が出来るまでになってきました。
そうした中での、今回(3・11)の未曾有の大震災に出遭い、重度の障害をもつ身としては、阪神大地震の時もそうでしたが、こうした災害時の我が身については、常に大きな不安とどうしようもない恐怖心を抱えていますが、今回の震災に当たっては、全国の仲間等を通じて、マスコミでは伝わっていない、車椅子生活障害者や寝たきり状態の高齢者の悲しい情報が届き、心が痛み、決して二度と起きてはいけないし、起きて欲しくないと願いつつも、何時この地域にも・・・、そう思うと、ついつい不安で眠られない時が増えていることも事実ですが、それ以上に、被災地の皆さん/障害児者の事を考えた時に、障害は負っているものの、まだまだ恵まれている自分たちの環境に感謝すると同時に、何かできないだろうか!? 自分たちに出来ることは何だろうか!? と試行錯誤する中で、メンバーの中より誰云うとはなしに、下手ながらも自分たちの演奏を通して周りの人達に呼びかけ、被災地の復興が叶うまでは、この大震災が、人々の心の中から風化することのない様に、常に意識し、応援の心を持ち続けてもらうためにも、その一助として、義援金募集の活動が出来ないだろうかと云うことになりました。
色々と働きかけをしていく中で、去る5月2日、大垣市にあります大型商業施設「アクアウォーク」様のご理解とご支援の下、第一回目を続く6月5日の日曜日、柳津にあります大型商業施設「カラフルタウン」様のご理解により第二回目のチャリティーミニライブを開くことが出来、当日私共のバンド「The Only One’s」の演奏を聴いて頂いた方々より、その時に寄せられたものです。
当日の様子は、http://kids-dream.blog.so-net.ne.jp/2011-05-05 に書かせて頂いていますが、とにかく、本当に沢山の方々の、被災地の皆さんに寄せられる熱い心がヒシヒシと伝わってきて、心の底から熱いのものがこみ上げてくるのを感じずには居られませんでした ・ ・ ・
そんな、とても尊い義援金が、貴基金を通して被災地の障害者の為になることを心より願うと同時に、生意気ないい方になりますが、遅々として進まない、進んでいると感じられない、伝わってこない国の支援施策の中、ボランティア等により綺麗にガレキ等が片付けられた後に、緑の草が多いしげり始め、その緑の色が故に被災地の爪跡が覆い隠されていくかのような不安感さえある中で、被災地の少しでも早い復興を願い、日本中の人達の心の中から、今回の震災のこと・被災地・被災者のことが、決して忘れられたり、風化していくことのないように、今後も私達に出来る範囲で取り組みを続けていきたい! 何かがしていけたら! と思っておりますので、今後とも被災地の障害者の皆さんのためにご尽力頂けますよう心よりお願い致します・・・
特定非営利活動法人
バーチャルメディア工房ぎふ
理事長 上村 数洋
厚生労働大臣登録「在宅就業支援団体」2100001
特定非営利活動法人
「バーチャルメディア工房ぎふ」
大垣市加賀野4-1-7
ソフトピアジャパン 7F-702
T/F 0584-77-0533
E-mail:kuemura@mail.vm-studio.jp
URL:http://www.vm-studio.jp/
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福祉工房「Kid’s Dream」
岐阜市橋本町1-10-1
アクティブーG 3F-310
T/F 058-266-7455
URL:http://www.kids-dream.jp/
被災地のゆめ風基金会員様から NO.24
被災地のゆめ風基金会員様からの手紙です。
【9月20日付 岩手県盛岡市】
☆近況をお知らせください。何かお困りのことがありましたらお知らせください。
片づけをしていましたら、このハガキを見つけました。しまいこんで忘れておりました。ゆめ風基金の皆様、ご配慮ありがとうございます。幸い、盛岡地域は大きな損害はありません。
5月~8月にかけて被災地へ行きました。沿岸は大変なものでした。田野畑(岩手県・県北)から陸前高田(岩手県・県南)まで、知り合いの見舞いで車を走らせました。早く、政府の助成を実現してほしいと感じております。
☆障害者の様子がわかればお知らせください。なんでもかまいません。
わたしの住んでいる地域に、陸前高田で被災された盲人の方が非難して来て治療院を開いておりますが、まだお声かけもしていません。そのうちに行ってこようと思っております。
「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」2
小室等さん、こむろゆいさん。後ろの白幕の書はゆめ風基金初代事務局の左右津安輝子さんの書
ライブは永六輔さんのトークから始まりました。永さんはパーキンソン病になられてからも、それを受け入れながらリハビリをするプロセスをラジオやトークイベントで話してこられました。永さんのお話は悲しい出来事でもおかしさがあふれていたり、理不尽なことへの怒りがかくれていて、その語りにたくさんの人々が笑い、泣き、勇気付けられてきました。
この日も交通事故にあった時のお話やリハビリの話などを永さんが語り始めると、身を乗り出すようにお客さんが聞き入り、大笑いされていました。手話通訳のひとを本来の役割をこえた共演者として話され、手話を通じてコミュニケーションの楽しさも伝わってきました。
永さんはこの日の打ち合わせで、日が落ち始めたころから小室さんの歌がはじまるように気配りをされていたのですが、そのとおりの演出であたりが暗くなり始め、照明の光がやわらかく仮設の舞台を包みかけた頃、永さんに呼ばれて小室さんが登場しました。
けれども どこかで
おまえは待っていてくれる
きっと おまえは
風の中で待っている
「だれかが風の中で」 作詞:和田夏十 作曲:小室等
「この歌はテレビドラマ『木枯らし紋次郎』のテーマソングで、作詞は市川昆監督の妻で脚本家の和田夏十さんでした。ずいぶん前の歌ですが3.11以後、この歌詞の意味をかみしめています」。最初に歌った後、小室さんはしみじみと語られました。
2003年NHK金曜ドラマ「蝉しぐれ」のテーマソングだった「遥かな愛」、「黄昏のビギン」、そして永さんが作詞し、三波春夫の最後の歌となった「明日咲くつぼみに」を歌った後、「三波春夫さんは声を張り上げてきたので、そうじゃないように歌ってほしいと、お手本として小室君のCDを渡したんだよ」と永さんがこの歌のエピソードを話されると、みんな爆笑してしまいました。
「上を向いて歩こう」と坂本九との思い出を永さんが語り、お客さんも一緒になって歌ったりしながら、楽しい時間はあっと今に過ぎていきました。
途中から、やはり雨が降ってきました。用意してあったビニールカッパをお客さんに配りました。お客さんは誰ひとり去らず、みんな「ありがとう」とカッパを着ました。
その風景を後ろから見ていると、涙が出てきました。この仮設住宅に入られている方々は大方が津波で被災された方々で、ここに来られるまでにご家族、お友達をなくされた方もたくさんおられることでしょう。
実際、後ろで立ってご覧になっている方に座席にご案内しようとすると、「あと少しで行かないといけないので。でも永さんのラジオは何十年も聞いていて、さっき握手してくださって感激です」と言われた後、津波が来た時、非難している後ろから津波が追いかけてきて、もう一分遅かったら命がなかったこと、友達が10人もなくなったことを話してくださいました。
あらためて、永さんと永さんのラジオ番組のリスナーが、固い絆で結ばれていることと、今回の震災がより強い絆をつくったことを知らされました。
永さんのお話と小室さんの歌が、それをほんとうに待ち望み、必要とするひとたちに届けられたのでした。そして、その稀有の瞬間に立ち会うことができたことを、永さん、小室さん、そしてお客さんに感謝します。
ライブの後、ゆめ風基金のスタッフが永さんと小室さんにお礼を言うと、「ぼくたちの方がゆめ風基金の活動に助けてもらっているのだよ」と言われたと聞き、その言葉に感謝しながら勇気をいただきました。
現地での支援活動を毎日粘り強く続けている被災地障がい者センターに敬意を表しつつ、わたしたちは現地の活動を全面的にバックアップし、全国のみなさんに彼女、彼たちの奮闘と、永六輔さん、小室等さんの期待に応えるべく、日々の活動を続けていこうと思います。
最後に、永六輔さんと小室等さん、ほんとうにありがとうございました。
翌朝、被災地障害者センターみやぎのすぐそばの喫茶店で、このイベントのことを一生懸命話されているグループがおられました。
「市民会館や立派なホールよりも、仮設住宅であったあの催しの方が何倍もよかった。感動した。最初に挨拶した車いすの女性のあいさつも、すごくよかった」と、この催しのチラシを大切そうにクリアファイルに挟み、話されている声を聞き、ほんとうにうれしく思いました。
小室等さん、永六輔さん、手話通訳の方
途中でやはり雨。でもお客さんは一人も席を立ちませんでした。
被災地障がい者センターみやぎ(CILたすけっと)にて 打ち上げ
もっとたくさんのボランティアスタッフで運営されました。ありがとうございました。
「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」
8月23日の、仙台市長町のあすと長町仮設住宅交流広場で開催しました「永六輔さん・小室等さんと話そう会 IN 長町」は、降る雨のすきまを縫うような天候の中、150人のご参加をいただき、盛況のうちに終わりました。
永六輔さんはゆめ風基金の呼びかけ人初代代表として10年間、幅広い人脈とラジオ番組、著作、講演などを通じてゆめ風基金のことを伝えて下さった他、多忙な日程をかいくぐるようにゆめ風基金が開くイベントに出演してくださいました。10年の活動をへて、呼びかけ人代表を小室等さんに託されてからも変わりなく、ゆめ風基金をささえてくださっています。現代表の小室等さんも当初からの呼びかけ人で、永六輔さんと同じくゆめ風基金のライブに出演してくださり、音楽を通して全国各地の障害者の活動を応援し、ゆめ風基金をささえてくださっています。
8月23日のイベントは、6月5日のとっておきの音楽祭に小室等さんがゲスト出演され、その後に被災障害者センターみやぎに来て下さって仙台の障害者と交流されたことから、永六輔さんを誘ってくださったのでした。
お二人が来て下さることになり、さて会場は?となった時、被災地障害者センターみやぎのひとびとは近所に建てられた仮設住宅の広場にしようと思いました。それはこの町の市民としてあたりまえに暮らすことから遠ざけられてきた障害者が、それでも町を愛し、困難を共に分かち合い、共に生きていこうとする決意のあらわれでもありました。そこには仮設住宅で仮住まいをする被災市民のひとりひとりの心の傷に寄り添い、たった2時間のイベントの間、少しでも心をひとやすみしてほしいと願う彼女たち、彼たちの切ない願いがこめられていたのでした。
130ほどある仮設住宅の一軒一軒を訪ね、障害者を中心とする支援活動をつづけながらこの催しがあることを伝えると、「楽しみにしている」という言葉が返ってきたそうです。その声は心のとても深いところから聞こえてきて、仮設住宅のひとびとがこの催しに切実な期待を持ってくださっていることに、心強く思ったといいます。
ゆめ風基金のスタッフ3人と支援者1人で前日から現地に行ったのですが、天気予報は23日も終日雨の予報でした。それでも時々雨がやむ時が比較的長く続くと、「明日もこれぐらいならなんとかなるんだけれど」と、祈るように曇天を見上げました。
会場の仮設住宅の広場は砂利が敷き詰められ、車イスを利用されている方には動きづらく、また仮設住宅には杖をついたりカートを押して歩く高齢の方が目立ち、これじゃ危ないなと思いました。被災地障がい者センターみやぎのスタッフが打ち合わせの度に「雨は降りません」と言いつづけていましたが、その時点ではほぼ絶望的に天気予報は雨、何の根拠もないような彼の言葉を信じることにしました。
そして当日、雨は時々止むもののほぼ降り続けでした。今度ばかりはもうだめかと思いましたが、午後になると雨も止み、空も少し明るくなってきました。
夕方4時、永六輔さん、小室等さん、小室ゆいさん、そして永さんのお孫さんが現地に到着しました。「天気が心配なんですが」とわたしが言うと、小室さんは言いました。「だいじょうぶ、ぼくは晴れ男だから」。
そして、5時半ちょうど、ライブが始まりました。
つづく