みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.25

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.25
 社会福祉法人「そうそうの杜」は、被災地障がい者センターみやぎ登米支部を拠点にして、地元グループ「ハグハウス」とともに登米市や南三陸町の仮設住宅での移動カフェをしながら個別支援活動をしています。
「そうそうの杜」・東日本大震災派遣報告書 NO.25
日時:2011年9月27日(火) 天気:晴れ
報告者:N、K
9:00~12:00 S君送迎
12:00~17:00 登米拠点の事務面接 S君送迎 今後の話し合い
活動した上で感じたこと
 昨日に加島さんがWさんを送迎した際にみのりの園の職員さんと話が出来ている。送迎の件で10月末でJDFが撤退することで現在の送迎の体制が保てなくなること、GHに入るという手段もあるが金銭的に負担が大きい為現実的ではない。ご本人さん自身も今後どうなるかという見通しがたたず不安だということで、みのりの園の担当職員さんに相談をされている。Oさんと相談すると送迎専門の方も雇っていきたいと話されている。
 S君の送迎、のぞみ作業所まで送る。車中S君は車が好きということでipadで車の動画を見せるも鼻で笑われ外の風景を見られている。作業所につくと元気よく手を振って「またね」と笑顔を見せてくれる。帰りの車内では口数少なく声を掛けても喋られない。話してくれるのは時間がかかりそうである。
 事務の面接では南三陸に熱い思いを持った女性の方が来られる。
 菊池さんOさんとの話し合いで、今後の方向を話す。ハグハウスとの関わりかたなど調整し、Oさんの指示のもと活動していくことを確認。今までの流れは、ハグハウスメインで動いていた為、Oさんが孤立していたことなど話す。こちらの行動で不信感を抱かせてしまった事など謝罪し、今後どのように動いていけばいいかと問う感じで進みました。
感じたことを改善・向上させるのに必要なこと
 今日から小野寺さん出勤。朝にボランティアの方が拠点にいることは初めてだと笑顔。少しずつだが修正できているのかと実感する。
備考
 登米拠点のお風呂場発注予定。育成会のY・T到着
 事務ダザイさん採用 明日から来られる。

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.24

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.24
 社会福祉法人「そうそうの杜」は、被災地障がい者センターみやぎ登米支部を拠点にして、地元グループ「ハグハウス」とともに登米市や南三陸町の仮設住宅での移動カフェをしながら個別支援活動をしています。
「そうそうの杜」・東日本大震災派遣報告書 NO.24
日時:2011年9月26日(月) 天気:曇り
報告者:N、K
9:00~12:00 H君宅に水配達、拠点の大掃除
12:00~17:00 竹川原調査
活動した上で感じたこと
 台風の影響で断水の為、H君宅へ水を配達しに行く。訪問時H君は学校に行かれており、ご両親は仕事に出かけられ、おばあちゃんが双子の男の子達の面倒を見られている。断水はなくなったようだが水質検査があり、飲めるかどうかはまだ時間が掛かる模様で水の配達は継続して行っていく。
 H君はスクールバスで7時から登校され家に帰ってくるのは18時と平日に会うのは難しい。双子の男の子達は近くにあった保育所が流されてしまい志津川にある保育所しかなく、一年程家で様子を見ていくと話される。
 H君宅までの道程は海側の道を走っていくが道路が舗装されていなく砂利道を通っていく。震災の傷跡が深く残っておりその光景を見るたび心が痛む。
 午後からは竹川原の調査へ向かう。竹川原の仮設前でSさんと出会う。この地区では最近仮設に福祉支援員が強めに入ってきており入りにくい状態。仮設の調査にあたるときには福祉支援員は町全体を見ており、私たちは障がい者をメインにしていることを伝えることで分かってもらえるのではないかとアドバイスを頂く。
 竹川原で仮設の住人と出会いお話をさせてもらう。障がい児・者はこの地区には見られなく、ほとんどの方はすぐにケアが出来るように病院や仙台に行かれている方が多いとの情報を頂く。帰りにTさんと出会うが両方とも車だった為挨拶程度の会話を交わし別れる。少ない時間で2名の知り合いの方と出会え地域に少し馴染めた気がした。
感じたことを改善・向上させるのに必要なこと
 少しずつのズレを感じているので、修正していきたい。
備考
 登米拠点に新しくスタッフの方が入られるとのことでお昼から面接を登米拠点で行う。(菊池さん同行)
ハグハウスでカフェの手伝いを行っていた時に、ビラ配りはどの紙を配っていたのか?
たすけっとのビラ配りできていない感じ。ビラ配りしてなかったのか?

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.23

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.23
 社会福祉法人「そうそうの杜」は、被災地障がい者センターみやぎ登米支部を拠点にして、地元グループ「ハグハウス」とともに登米市や南三陸町の仮設住宅での移動カフェをしながら個別支援活動をしています。
「そうそうの杜」・東日本大震災派遣報告書 NO.23
日時:2011年9月25日(日) 天気:晴れ
報告者:N、K
9:00~12:00 ハグハウス(田尻畑にてカフェ)
12:00~17:00 Tさん送り。福興市(ふっこういち)
活動した上で感じたこと
 9時半からハグハウスにて朝礼があるということで向かう。朝礼の内容は自己紹介と昨日のおもちゃ図書館での感想だけで終わり、後はカフェの準備をハグハウスのスタッフで行っており、何か手伝う事はないか聞くと準備の用意などはこちらでするので運ぶだけでいいとのこと。今日は台湾から来られているIさんのクレープの炊き出しがあるとのことでカフェが始まるのは11時ぐらいから始まるとの事。
 今回始めてハグハウスに行っただけなので何とも言えないが、ハグハウスの朝礼に出る意味があるのか疑問に思った。結局クレープの炊き出しに時間が掛かってしまい12時前に始まる。それまでに来られているのは常連の方しかいらっしゃらない。ビラを配り話をさせてもらうが情報は入ってこない。
 Tさんが帰阪する日で役所まで送らないといけなかった為、12時過ぎに切り上げさせてもらう。Tさんが、ボランティアの感想を真剣に語っており詳細はあうんに戻って報告するとのこと。
 その後月に1回第4日曜日にある福興市(ふっこういち)へ行く。観光バスで来られたボランティア団体が、代表の方かわからない方が案内され「こちらがベイサイドアリーナです。・・・」と前に集まって観光写真を撮っているのを見て驚きと遺憾に感じた。他のボランティア団体は何をしにきているかと神経を伺う。
感じたことを改善・向上させるのに必要なこと
 今まではハグハウスの朝礼に参加することによってOさんとの話せる時間がとれていない。Oさんを交えての朝礼は欠かしてはならないと思う。
備考
 ノアに乗せてあるカフェの道具はハグハウスの倉庫に返しています。
 Tさん無事に帰阪される。

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.22

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.22
社会福祉法人「そうそうの杜」は、被災地障がい者センターみやぎ登米支部を拠点にして、地元グループ「ハグハウス」とともに登米市や南三陸町の仮設住宅での移動カフェをしながら個別支援活動をしています。
「そうそうの杜」・東日本大震災派遣報告書 NO.22
日時:2011年9月24日(土) 天気:晴れ
報告者:N、K
9:00~12:00 ハグハウス・ミーティング 枡沢地区調査 被災地ビラ配り
12:00~17:00 おもちゃ図書館 H君に水配達 山の神平福祉仮設 入谷小学校仮設
活動した上で感じたこと
 ハグハウスのMさんが登米拠点に来られミーティングをする。カフェのメンバー紹介と午後からのおもちゃ図書館での軽い打ち合わせだけでミーティングは終わる。さらっと話され拍子抜けする。
枡沢地区にてS君のケースで訪問するも不在で連絡をもらえるようビラとOさんの名刺をポスティングしている。 次回は少し時間を空けてから再度訪問する予定。仮設全体にもビラを配り障がい児・者の発掘を促す。Oさん個人でも気になっていたがそうそうの杜にも相談することができず単独でなにもしらないのに行動していた。その時も不在でありポストにはビラと名刺がまだ残っていた。S君以外でもポストには前のビラがそのまま残っていることが多々あった。
 山の神平福祉仮設を訪問。GHのような仮設で定員5名女性3名男性2名。女性3名の内1人がエホバの商人で宗教活動され入会を進められMさん困っていた。送迎をこちらですることと決定する。
 入谷小学校仮設、近所の人の目が気になり自分のことを監視されていると精神障害の可能性あり。Oさんと顔見知りの方だとその場でわかる。経過観察。
 午後、Hくん宅訪問。台風で断水の為水が必要となっている。当面水の復旧なし。今後も必要有。Tさんの装具を見てHくんも自分の装具を持ってこられアピールされている。心を開いたように感じた。
 おもちゃ図書館では新規の方が参加されており自閉症の5歳の男の子小山しょうへい君、母が普通学校に入れるか支援学校にいれるか悩まれていた。支援学校に入れたら自閉症が治ると思っていた。そのことの違いを説明する。そういう考えをもっている親がまだいることに気づかされた。ボランティアが10数名、利用者3名で、ボランティアもただ笑っている感じの人が多かった。カフェは、来る時間が3時過ぎていて、待たされている感じがあった。来ている親で父親のほうが熱心に聴いている姿があり、男の人が考えてくれているのを久々にみた。みなさん真剣で子どものことを考えていると感じた。
感じたことを改善・向上させるのに必要なこと
引継の大事さ、周りとの連携のとり方を見直す必要がある。
備考
Oさんより悩みを聞く。(そうそう2名と加島2名)

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.21

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.21
 社会福祉法人「そうそうの杜」は、被災地障がい者センターみやぎ登米支部を拠点にして、地元グループ「ハグハウス」とともに登米市や南三陸町の仮設住宅での移動カフェをしながら個別支援活動をしています。
「そうそうの杜」・東日本大震災派遣報告書 NO.21
日時:2011年9月23日(金) 天気:晴れ
報告者:S
9:00~12:00 Oさんと個別ケース検討など
気になるケースで再度訪問出来ていない所の確認を行う
12:00~17:00 個別ケースへの仮設へ再訪問 志津川中学校仮設
 切曾木地区仮設 枡沢地区仮設
活動した上で感じたこと
 午前中はケース検討と事務所での書類管理の方法などについてのミーティングを行う。
①現在の状況が不明であるケースについての再訪問の必要性や緊急性について検討する。
②報告書や基本情報などの取り扱い方についても検討し改善を実施する。
③必要備品やスケジュール管理の方法を検討している。上記のミーティングで決定したことについて、事務所内の備品の整理を行う。
 午後からは、午前中に行ったケース検討(気になっていたケース)の中で再訪問が必要と思われる仮設に対しての訪問を行う。
①志津川中学校仮設にて、以前奥さんが体調不良で食事の用意が出来ないため、缶詰などの物資が欲しいとの要望があった。本日訪問し物資を届ける。自宅には奥さんが在宅中で、台所で食事の用意をする事が難しいという話を聞くことが出来た。
②枡沢仮設にて送迎の要望があったケースについての再訪問を実施する。不在であった為、名刺とチラシのみ投函する。その後、同じ仮設住宅から障害者がいるような声が聞こえた為、後日調査をする予定にしている。
③切曾木仮設に見守りが必要と思われるケースがあった為、再訪問する。不在ではあったが、同仮設の子どもたちと追いかけっこをして遊ぶ。先日の台風の影響か、橋が崩れており、水道も止まっていた。断水の為、給水車は来ていたが、水不足になる恐れがある為、仮設近くに住んでいる住民より井戸水を飲料水として提供してもらうこが可能になった。
 一日、Oさんと共に活動をし、一緒にケース検討などを行ったり、今まで気になっていても行けなかった所に今回、再訪問する事が出来きたことについてはとても喜ばれていたように思う。(今までは、ハグハウスに行くことが多く、Oさんと一緒に活動する事が少なかった為・・)
感じたことを改善・向上させるのに必要なこと
・Oさんと一緒に活動する時間をもう少し増やす。
・ハグハウスと一緒に行動する時間とOさんと一緒に行動する時間とのバランスを考える。
備考
・たすけっとの菊池さんより、来週の月曜日か火曜日くらいに登米拠点での地元スタッフ1名の面接を行う予定との事。(登米拠点にて)

被災地障がい者センターみやぎからの手紙

被災地障がい者センターみやぎからの手紙
 いつもお世話になっています。先日、別添のお手紙がきましたので、お送りいたします。この方に初めてお会いした時は、被災した家の中、津波に浸った布団を乾かして、ごわごわの状態で、お話しを伺うと末期の肺ガンと判明しました。
 そこで、少しでも快適に暮らせるよう、パジャマやベッドに布団を提供してきましたが、その後、入院されたと聞き、回復を願っていましたが、先日亡くなられたことを伺い、やるせない思いを抱いていました。
 でも、このお手紙をいただき、自分たちが活動してきたことで少しでも助かる人がいたということが分かり、とても救いになりました。今後もこうした活動を続けていく上で、励みになりましたので、ご紹介いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
 被災地障害者センターの皆さんへ!
 私共、宮城県石巻市H・Kは、7月8日に死亡しました。生存中は、助けていただきありがとうございました。最後に主人は苦しまずねむりについた事は、本当に良かったと思いました。
 主人は、障害センターの人に、一言ありがとうと伝えたかったと、言っていました。車イス、ベッド、ふとん、パジャマわがままいって申しわけなかったと・・・風呂に入れてやれなかった事が心残りでした。
 主人が亡くなって3日後に、市役所から電話がきて、介護が認定になりました。すごくくやしかった。もっと早くしてくれればいいのに。福祉の人が見にきて、くるしさも見ていったのに。風呂に入りたいと言っていたのに。くやしさでいっぱいです。
 私は思った。まてがきかない患者がいる事を・・・障害センターの皆さん、もう一回だけ、私のわがままをきいて下さい。1日、一刻、早く、まてない患者さんをたすけてあげて下さい。暑い中、大変でしょうが、一人でも多くの人のささえになって下さい。
 本当に短い間でしたけど、私達を助けてくれて、ありがとうございました。主人に、かわって、お礼させていただきます。ありがとうございました。石巻市N・K

東北関東大震災障害者派遣プロジェクト8

被災地当事者派遣 報告書
   夢宙センター 内村恵美 大崎悟 河野彩佳
スケジュール
9月12日(月)岩手県に到着,被災地センターいわてにて定例会議参加 
9月13日(火)CIL盛岡にて長期ILP講座打ち合せ
9月14日(水)事務所勤務(ILP準備,夕食準備,事務仕事の手伝いなど)
9月15日(木)県庁訪問 遠野支部の掃除
9月16日(金)ユースパワーネットで沿岸部同行訪問,会議
9月17日(土)ユースパワーネット会議
9月18日(日)Oさんと外出 CIL盛岡長期ILP講座
9月19日(月)陸前高田へ同行、平下組に引き継ぎ たこ焼きパーティー
活動報告
①県庁訪問
 以前から被災地センターいわてに、大船渡市に住むSさんから、バリアフリー仮設住宅が外見はバリアフリーではあるが室内は全くバリアフリーでなく、とても生活しづらいとの相談が入っていた。Sさんは自分で関係機関に問い合わせたが返事はなく、生活しづらい状況が続いているため、ストレスから体調を崩しがちになっているとのことだった。仮設住宅の住宅改修費は国が負担することになっているが、そのことが市町村に周知されていないので、県から市町村に働きかけてもらうため、被災地センターいわてのスタッフと共にユースパワーネット会議に参加するいわき自立生活センターの小野君も合流し、県庁を訪問した。
 県庁では、担当者が不在だったため代理の人と話をした。Sさんの状況を伝え、バリアフリー仮設住宅のバリアフリーの基準は何なのか、住宅改修費について質問した。1点目については担当者が不在のため答えられないとのことで、後日センター岩手に回答をもらうことになった。2点目については、バリアフリー仮設住宅の住宅改修費は、国が全面負担することになっており上限については担当者でないと分からないとのことで、1点目同様、後日回答をもらうことになった。
 また、Sさんは今後車椅子での生活も考えており、体調を崩していること、今後症状が進行していくことも含め、改修していくにあたっては柔軟に対応していく必要があること、緊急性があることではあったが、仮設住宅を建てる際には当事者の声を聞き、障害者団体と連携をとりながら進めていく必要があることを伝えた。
障害者派遣プロジェクト8
障害者派遣プロジェクト8
②ユースパワーネットで沿岸部へ同行訪問
 ユースパワーネット(ユース)とは、自立生活センターの若手スタッフが集まり活動していて、被災地障害者センターいわて代表の今川さんもメンバーであり、ユースでも岩手を応援していこうと今回岩手で会議を行うことになった。
 メンバーで2組に分かれて沿岸部に住んでいる当事者を訪問した。私達は、田野畑村にあるハックの家と宮古市に住むAくん宅を訪問した。
 まず、ハックの家では、今までメインストリームの人たちが関わってきていたOさんと話をした。初対面の私達に、家族の事や自分の生活状況、今川さんとの出会いなど色々なことを明るく話してくれた。その中でも、パソコンをしたいけどできないことや、自分で好きな音楽を聴きたいこと、買い物に行きたいことなど自分のやりたいことをたくさん話してくれた。本人は色々なことに興味をもっており、やりたいこともたくさんあるが、社会資源が少なく実現できないのが現状であり、それがすごく悔しかった。日曜日のILP講座の前に内村と買い物に行くことになりその約束をした。
 また、メインストリームの人達が来たこと、一緒に買い物に行けたこと、焼肉パーティやその後のお泊りがとても楽しく嬉しかったようだが、皆が帰って行ってしまうのが寂しい様子で、内村にも「恵美ちゃんも帰っちゃうの?」と言っていた。1週間ごとに人が変わって色々な人が会いに行くことは、本人にとっていい刺激にもなっているが、その反面、寂しい思いをさせている関わりになっているとも感じた。そのため、これから関わっていく際には、関わり方を考えていかなければいけないのではと思った。
 次に、宮古市に住むAくん宅に行き、Aくん、母親、お姉さんに会った。何か出来ることがあればと思い、震災時の話や震災前の話などを聞かせてもらった。
 Aくんが住む地域はOさん同様、社会資源が非常に少なく、障害者がいることを隠そうとする家庭も多い。Aくんの家族は、将来Aくんが自立できるようにと考えているが、そのための社会資源がない。本人は、人と接することが好きでセンターいわての男性スタッフが訪問することをすごく楽しみにされているそうだ。これからセンターいわてでのイベントに誘うなどして繋がりを保っていき、自立につなげていければと思う。また、本人を中心にコミュニケーションをとりたかったが、表情や言葉から本人の伝えたいことを読み取るのが難しく、母親やお姉さんとの会話が中心となってしまったので、本人とコミュニケーションをとれる方法を考える必要があると思った。
 Aくん宅にはこれまでも何人ものボランティアが訪問しており、その度に同じ話をしているようだった。これは、Aくんだけでなく他の人を訪問する時も言えることだが、ただ話を聞きに行くだけではなく、行く側からも何か具体的な目的や活動を提示する必要があると思った。
その後、ユースで会議を行った。岩手県で生活をする障害当事者たちが出会い、繋がりを持てるような企画を定期的に行い、障害者エンパワーメントを応援していくことになった。
障害者派遣プロジェクト8
③Oさんとの買い物
 Oさんと盛岡駅前のショッピングモールで待ち合わせて一緒に買い物をした。欲しいものが3つ(洋服、食事セット、携帯ケース)あったが、時間が限られていたので内村のアドバイスでOさんが一番欲しいものから順に見ていくことになった。まずは、洋服が欲しいということで、近くの洋服屋さんに移動した。ズボンやTシャツを色々見て、鏡の前で合わせてみたり試着したりと楽しそうに悩みながら選んでいた。今までは、母親が選んできた地味な色の服を着ることが多かったようで、本人自身それが自分に一番似合うと思っていて最初は地味な色なものがいいと言っていたが、皆と一緒に色々探して鏡で見てみたりしていくうちに明るい色の服も自分に似合うということに気づき、最終的には明るい色の服を気にいっていた。
 お昼ご飯は本人に決めてもらったハンバーガーだったのだが、ハンバーガーを食べることも自分で洋服を選ぶことも10年ぶりだと言っていた。彼女が今まで沢山の経験を奪われてきたことを痛感したと同時に、この現状を変えていかなければならないと思った。
 その後、いったんILP講座に行き終わってからもう少し買い物したいということで、ショッピングモールに戻り、食事セットと携帯ケースみてまわった。Oさんと過した一日はとても楽しかったのと同時に、色々なことを考えさせられる一日でもあった。 
 
障害者派遣プロジェクト8
④CIL盛岡 長期ILP講座「介助者との関係」
 リーダーを含め7名での参加。リーダー以外の参加者は自立しておらず、施設生活・親元での生活の方ばかりだった。
 施設職員や親に気を遣いながら生活している現状が見えた。
もしCILの介助者に入ってもらうとしたら何をしたい?という質問に参加者は「自分が出かけたい時に出かけたい!」とみんなが言った。ここででも、制度利用のしにくさ、社会資源の少なさを感じた。
 内村が自分史を含めた自立生活での介助者の利用の仕方や関係性作りで大切に思う事を話した。
みんなからの感想では、自分で普通と思っていたことが心に負担がかかっていることがわかった、自立生活への希望が持てたなど話していた。
 11月に長期ILP講座を終えた後、参加者たちが一歩自立へ進んでいることを期待したい。
⑤陸前高田へ同行
 センターいわてで支援している陸前高田の仮設に住んでいる視覚障害者の方との打ち合わせに同行した。学校に隣接されたプレハブの仮設に到着してまずバリアフルな状況にビックリした。ここには車椅子の障害者や高齢者は住めないと思った。聞けばバリアフリーと見えても部屋の中はバリアだらけの仮設だとか、バリアがあるから仮設は諦めアパートに住んだりしている障害者や高齢者の方が多いと聞いた。当然、視覚障害者の部屋も入り口に大きな階段が3段もあり玄関にも段差が。
 打ち合わせを簡単に済ませ次回のための確認作業の為に視覚障害の方と奥さんに車で道案内していただいた。その時に陸前高田の被災した現状を目の当たりにした。沿岸部の住まいや野球場だった場所は地震で海の下になっていたり一面何にもない土地がずーっと続き、とても人が以前住んでいたとは思えなかった。地震と津波で風景は一瞬に変わってしまい、まだまだ復興には時間がかかるのか・・・元には戻らないような・・・そんな感じがして怖くなった。
 だが、車を少し走らせたら段々と人の姿が見え、仮設のコンビニやスーパー等が建っていて、この近くの高台の場所に仮設も建ってきているらしい。「再生」は始まり、東北は震災以前より素敵な所に生まれ変わろうとしている。それを肌で感じれて良かった。
障害者派遣プロジェクト8
⑥たこ焼きパーティー
 19日の夕方に夢宙からの支援2組目の平下(兄)組も来たので、定例会議後に被災地障害者センターいわて、CIL盛岡、夢宙の交流会をした。
朝早くから夜遅くまで活動し、いつも仕事モードのセンターーいわてのスタッフ達が無邪気に笑って沢山食べてくれている姿を見てホッとした。
 始めは夢宙メンバーがたこ焼きを焼いていたが、次第にみんなで焼き始め、たこ焼きをコロコロ転がしながら、岩手の状況や各センターの日々の活動、個々の趣味や恋愛について色々なことをたくさん話して盛り上がった。
 最後に、一週間を通して感じたことは、震災前から障害者を隠そうとする家庭が多く閉鎖的地域があり社会資源が本当に少ないこと、外に出たいと思っている障害者がたくさんいることを強く感じた。
 今!障害当事者が声を出さないといけない、じゃないと震災後、復興していっても以前と変わらない状況になってしまうと思った。
 今!障害当事者の力を発揮するときだと強く思う!!

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 2011年9月21日

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 2011年9月21日(水)
社会福祉法人「そうそうの杜」は、被災地障がい者センターみやぎ登米支部を拠点にして、地元グループ「ハグハウス」とともに登米市や南三陸町の仮設住宅での移動カフェをしながら個別支援活動をしています。
「そうそうの杜」・東日本大震災派遣報告書
日時:2011年9月21日(水) 天気:雨
報告者:R、S
9:30~12:00 Hさん他鍼灸師4名・名足仮設訪問、ハグハウス打ち合わせ
12:00~17:00 Hさん他鍼灸師4名・山の神平福祉仮設訪問
活動した上で感じたこと
ハグハウスとの情報共有していくこととして、yahooメールでのカレンダーにて、いつどの仮設に行ったか、その時、気になるケースがあったかという簡単な情報を見ることを確認する。詳しい情報をお互い知りたいときはそのカレンダーから確認し、やりとりすることになる。大規模な仮設には、NPO法人(ユナイティド・アース)が関わっていくらしく、ハグハウスは、小規模な仮設を中心的に関わっていく。これから、カフェと住民とのイス作りを一日で行う企画を小規模な仮設にて行う企画を予定していくことになり、仮設を見に行く。
山の神平福祉仮設にて、Oさん、鍼灸師ボランティアと合流する。鍼灸師4名のうち3名は5月にそうそうの杜ボランティアと仙台にてたまたま会い、南三陸の話が出たことがきっかけで、今回来られたとの事。ボランティア同士の出会いも、様々な活動につなげていくことが可能であることがわかり、いろんな人と知り合いつなげていくことをこれからもしていきたい。
また、鍼灸を終えた高齢者の方とも話をする機会もあり、震災時の様子を話してくださる中で、津波が押し寄せてくれるスピードや高さも実際のものよりも遥かに速く、高く感じ、津波が押し寄せてくるまでに20分程あったがそれも感覚的には一瞬の間の出来事だったなど話してくれる。
また、その方は急いで高台へ逃げた際に足をケガされており、震災から半年経過した今でも足の痺れが残っており、痺れる度に当時のことを思い出してしまうと目頭を熱くしながらも話してくれたことが印象に残っている。
八幡さんより、本来のOさんとの登米での仕事がカフェにばかり行っていてはできないのではないかとの指摘がある。冬に向けてのハグハウスの方向性とこちらの方向性を確認する必要があるのではとのことで、明日朝向かうことになる。
Oさんがケースで気になっていることがあっても、(こちらに)頼もうかどうしようかとなかなか頼めなくてねと話されていた。Oさんにそのように思わせてしまっていた部分があったことは、考え、改めていかないといけないと思われる。
感じたことを改善・向上させるのに必要なこと
Oさんとその時のメンバーで一日、一週間の予定をもっと入念に考え、情報共有の時間を増やしていきたい。
備考
泊浜仮設1期にて高齢者の女性から、体重計・血圧計の依頼あり。八幡さんに確認すると、その方の詳しいことがわからないので保留となり、ハグハウスから情報を聞き再度検討することになる。

みやぎ登米支部・「そうそうの杜」活動日誌 NO.19

 社会福祉法人「そうそうの杜」は、被災地障がい者センターみやぎ登米支部を拠点にして、地元グループ「ハグハウス」とともに登米市や南三陸町の仮設住宅での移動カフェをしながら個別支援活動をしています。
「そうそうの杜」・東日本大震災派遣報告書 NO.19
日時:2011年9月19日(月) 天気:曇り時々雨
報告者:I
9:30~13:00 戸倉地区仮設5箇所調査
13:00~17:00 山の神平、南方福祉仮設調査
活動した上で感じたこと
 午前中、雨のためカフェは中止し、戸倉地区仮設6箇所の調査を行う。(神割崎キャンプ場仮設、津の宮仮設、水戸辺仮設、戸倉中学仮設、志津川自然の家仮設、波伝谷仮設)
 今回はニーズ調査ではなく資料作成のために写真を撮ったり自治体が出来ているか、集会所はあるか、戸数はいくつか、誰が住んでいるのかなどを調査した。
 戸倉中学仮設では一階部分まで津波が来た中学校校舎を間近で見ることが出来た。これまでにも悲惨な状況は幾つも見たが、校舎の中を間近で見るとこれまでに無い衝撃を受けた。校舎は海から20メートルほどの高台にあったのにもかかわらずたくさんの方の命を飲み込んでいった。しかし現場に立っていてもどうしたらそんな事になるのか想像できなかった。
 校舎の時計は津波が来た時刻のまま止まっており、生々しさを際立たせていた。
驚いたのはその校舎よりも低い位置にあるグラウンドに仮設が建っていたこと。当時の状況を知る人はその仮設に入ることが出来ず他の仮設に移って行ったそうである。
 午後からは山の神平仮設、イオン南方仮設の調査を行う。入谷障害者仮設というのは山の神平仮設のことであることが分かる。障害者仮設というのも福祉仮設の間違いで入居されている方の中には障がいのある方はおられず全員高齢者の方で、80歳代の方が多くほぼ自立されている方が選ばれている様子。
 定員はどちらの仮設も9名でよく見かける入所施設のような感じのつくりになっている。南三陸町から委託され、医療的なサービスは無く、自立支援を目的にしているという。9月13日にスタートしたばかりということでスタッフの方もバタバタで全てを把握するには至っていない様子。スタッフは以前福祉関係の仕事をしていた人を対象に応募で決まったとの事。
感じたことを改善・向上させるのに必要なこと
 ハグハウスと共有するデータのフォーマットは仮設の見取り図など良い部分もあるが、かなり使いづらいものもあるので見直す必要があると話し合いの中で出た。極力簡潔に一目で分かるようなものが望ましいとのことだったので早急にやり直す。
備考
 カフェで使用するイスが高齢者にとって使いづらいものであるため、安全で頑丈でコンパクトなものが欲しいとの事で菊池さんに打診。明日の会議にて検討するとの事。
ノアのシガーライターのヒューズか切れナビ使えなくなる。ヒューズ交換し直ったかに見えたが再びヒューズが飛ぶ。Oさんと相談の上、点検に出す必要有。