にょっきりフェスタ

石巻にょっきりフェスタ 2014年7月27日(日)

石巻にょっきりフェスタ 2014年7月27日(日)
石巻にょっきりフェスタ 2014年7月27日(日)
みちのくにょっきりフェスタin石巻へ行ってきました。
日常生活支援ネットワーク 椎名保友
“出会い・つながり・感謝”そして”出会い・衝撃・Love”
<仲間、サイコ~これだけの仲間がいるのだから、そりゃいろんなこと出来るわけだ!!>
7月27日、にょっきりフェスタ無事終了。
炎天下のなか、広場いっぱいに多くの方がこのお祭りに集まり、1日中踊って、歌って、しゃべって、食べて。
石巻の福祉団体さんから東北各地の被災地障がい者センターの面々、東京や名古屋からも応援があり、
我が関西からは総勢40人で押しかけ、ホーム感たっぷりにお手伝いしてきました。
石巻や奏海の杜(南三陸)の子供たちの晴れ舞台に、
管能的で土着的なベリーダンス。
ステージで笑顔いっぱいに踊り、演奏し、歌う。会場も一体になって盛り上がる。
予測不可能な障害者プロレスは、身体を張っているからこそ。
HMさんに癒され、西村組に励まされ、ソウルフラワーの中川さんに奮い立たされる。
地元石巻の様々な団体さんによる製品や名物。
NPOちゅうぶが大阪を代表して、お好み焼きを出展。
毎度おなじみの大阪市従業員労働組合のみなさんによるバルーンボランティアなど、
東北⇔関西を十二分に堪能することができました。
フィナーレは、地元在住であのスタンドバイミーなどでおなじみの「ドリフターズ」のメンバーでもあった、
レイ・ドロシーさんとソウルフルに、燃え上がりました。
“出会い・つながり・感謝”この言葉から始まり、この言葉に尽きたお祭りでした。
もちろん、背景には震災、障害者の生活があります。
けれども、仲間たちが誠実に自分たちで出来ることを積み重ねて
ひとつのカタチになれた!!
今、これだけの人たちが周りにいることを実感できた。
仲間たちと。
東北⇔関西、これまでもそしてこれからも
・・ということで大阪へ帰って、「東北⇔関西ポジティブ生活文化交流祭」の準備に取り掛かります。
本当に「みちのくにょっきりフェスタ@石巻」
みなさん、お疲れ様でした。

サポートV報告会その②

だんだん冷房が効かないくらいの熱気に包まれる会場に、ゲストの清水哲さんが登場!
阪神対巨人の野球大好きトークでさらに盛り上がります!

そして、小室等さんと清水哲さんのトーク。
中途障害者である清水さんの、まさに「哲学おしゃべり」に、なるほど~の声も。

そして小室等さんとこむろゆいさんのステージです!

小室さん、ゆいさんの熱唱する『道』という歌には、
「右に行くのも、左に行くのも、今は僕の自由である」という歌詞があります。
歌詞は、黒田三郎さんという、今はお亡くなりになった詩人が、日本が敗戦し、やっと戻ってきた故郷の鹿児島が焼野原だった、そのときに感じた思いを綴ったものだそうです。
「右に行くのも、左に行くのも、今は僕の自由である」
この場にいたひとみんなが、これからも考えていかねばならないフレーズだと個人的に思います。
さて、30分にわたる熱唱のあと、フィナーレです。
近畿ろうきん 副理事長の若山 忠義様から閉会のご挨拶があり、
清水さんも舞台にあがって、最後は「風と夢」というゆめ風応援歌を会場のみなさんとも合唱して終了!

こうして、ご支援くださる方々へ、成果をご報告できるイベントを、これからも開いていきます。
そして、支援にこたえなければと踏ん張っている東北の仲間たちに、無理せず、一歩ずつ一緒に歩いて行こうと誓った一日でした。
近畿ろうきんさん、多くのボランティアスタッフの皆様、そして、ご来場いただいた皆様に、
心から感謝を・・・。
ありがとうございました!
また、来年お会いしましょう!
(長崎)

7月12日「近畿ろうきんサポートV(ブイ)&感謝の集い」ご報告その①

先日よりお知らせしていた、
「第1回ゆめ風であいましょう in 大阪
  近畿ろうきん社会貢献プロジェクト・すまいる
    サポートV報告会&感謝の集い」が盛況のうちに行われました。
オープニングでは、ゆめ風基金呼びかけ人代表の小室等さんと、こむろゆいさんが、
ゆめ風のテーマ曲「伝えてください」をまず一緒に。
透き通った声が会場に響き渡ります。

このイベントのタイトルにもなっている「サポートV」とは、
近畿ろうきんさんが、東日本大震災の復興支援として、2011年6月から2012年3月まで、
東日本大震災復興支援定期預金「サポートV」(5年、7年、10年)を発売し、
会員・お客さまと共に、支援の取組みをすすめてきました。
この結果、みなさまより161億円余りの預金が預けられ、毎年3月末の預金の残高に応じて10年間、
復興支援に取り組む「ゆめ風基金」、「あしなが育英会」へ近畿ろうきんから寄付(総額1億6,180万円の見込み)が行なわれています。
2013年度寄付金額は各1,140万円となり、両団体を通じて被災地支援活動が行なわれています。
その多大なご寄附への感謝をこめて・・・牧口代表理事の挨拶のあと、
近畿ろうきん 近畿推進会議 副議長 板谷 光芳さまに
牧口さんから感謝状の贈呈が行われました。

そして、ゆめ風基金事務局長の橘高理事による、
ゆめ風基金のあゆみや、頂いた資金で、どのような支援をおこなってきたのか、の報告を行いました。

そして感謝の集いがスタート!
小室等さんの司会で、登場したのは、阪神タイガース愛に満ち溢れる道上洋三さん!
そのトークがさく裂して「六甲おろし」の大合唱で会場はさらにヒートアップ!!

②に続く

7月12日イベントのお知らせ

『第1回 ゆめ風であいましょう in 大阪
                 &近畿ろうきん「社会貢献プロジェクト・すまいる」
   近畿ろうきん東日本大震災復興支援定期預金「サポートV」報告会&感謝の集い』

台風8号が、今朝、鹿児島県に上陸したようです。
皆様、ニュースなどを頻繁に見て、どうか、くれぐれもお気を付けください!
さて、7月12日に予定しております、上記のイベントは、台風の進路予想を見ると、実施できそうです。
●東日本大震災の復興支援として、2011年6月から2012年3月まで、近畿ろうきんは東日本大震災復興支援定期預金:「サポートV」(5年、7年、10年)を発売し、会員・お客様と共に取り組みをすすめました。
この結果、みなさまより161億円余りの預金が預けられ、毎年3月末の預金の残高に応じて10年間、復興支援を取り組む「ゆめ風基金、あしなが育英会」へ、近畿ろうきんから、寄付(総額1億6180万円の見込み)が行われています。
2013年度寄付金額は、各1140万円となり、両団体を通じて被災地支援活動が行われています。
この、企業とNPOが、がっちりとタッグを組んで行ってきた支援の様子、是非是非、皆様にも知って頂きたく、
ご来場を心よりお待ち申し上げます。
日時:2014年7月12日(土)午後2時より
場所:近畿ろうきんメインホール
大阪市西区江戸堀1-12-1 ろうきん肥後橋ビル12F

(大阪地下鉄四つ橋線・肥後橋駅10番出口、大阪地下鉄御堂筋線・京阪淀屋橋駅・京阪中之島線渡辺橋駅下車)
●参加協力券、前売り 2000円(定員200人 先着順・全席自由席)
●お申し込み・お問い合わせ
認定NPO法人ゆめ風基金 TEL 06-6324-7702 FAX 06-6321-5662
・関西のお二人をゲストにお招きして、トークと音楽や支援活動のご報告をいたします。
歌:小室等さん(ゆめ風基金呼びかけ人代表)、こむろゆいさん。
トーク:道上洋三さん、清水哲さん

被災地訪問記

ゆめ風基金の八幡理事が、月に一度、行っている「被災地訪問」。
以下、皆様へのご報告です。
6月1日(日)
仙台での「とっておきの音楽祭」に被災地の仲間が出ると聞いて、夜行バスを利用して一路仙台へ。
朝に到着して朝食を済ませたのち、会場となる勾当台公園へ向かう。
まずは本部へ行って受付でプログラムをもらう。
仲間がいつ出演するのかチェックしようとしたが、うーん・・・わからない。
なんと30ほどの会場で300団体以上が出演するというプログラム。
なかなか見られない、大きなイベントだ!
しかもバンド名しか載ってないので、仲間がなんというバンド名で出演するのか知らなかった僕には、探しようもない。
リサーチ不足でした。
そういえば、「被災地障がい者センター石巻」のメンバーが、7月26日開催の「みちのくにょっきり祭りin石巻」の宣伝をするのと、「被災地障がい者センター南三陸・奏海の杜(かなみのもり)」メンバーがつくったTシャツを販売するためブースを出していると聞いていたので、まずはそちらへ向かう。
場所はいつもと変わらぬ定位置なので、すぐに見つけ出せた。
センター石巻の箕田さんが、「にょっきりフェスタ」のポスターを並べていると、南三陸のメンバーもやってきて、Tシャツ販売開始。
そうして、出演時間と場所とバンド名確認。
奏海の杜(かなみのもり)のメンバーは、なんと「にこまる48」というバンド名での出演!
楽しみだ。
まもなく「CILたすけっと」の及川さんや菊池さんも登場。
その他、福島のメンバー出演情報もゲット。
ただ郡山のメンバーと南相馬のメンバーの出演時間が同じ・・・。
とりあえず、岩手の難病連の人たちも出るということで、まずは南相馬のメンバー出演会場へ向かう。
その後はいよいよ「にこまる48」の出演会場へ。
「被災地障がい者センターみやこ」のメンバーも来ていて、観客はまずまずの入り。
グラフィックス1
「にこまる48」のメンバーは、そろいのTシャツにフリルのスカートの様なものをつけて登場。
しっかり息の合った踊りを披露してくれました。
当日はめちゃくちゃ暑い日で、3時過ぎに私はバテてしまって、会場を後にしました。
6月7日(土)
岩手県宮古市の商店街で、復興市があると聞き、お手伝い。
ただ、あいにくの雨で、最初は小雨だったものの、準備の間に雨あしが強くなり、テントの準備に入る。
当日は、東京学芸大の宿谷先生が、生徒2人を連れて応援に来てくれていて、学生さん二人がてきぱきと動いてくれました。
また、こういう時の強い応援団・佐々木トモヨさんも販売に参加。
グラフィックス2
宮古市では、商店街が年に2回ほど復興市を開催します。
秋の復興市は、福祉団体のお祭りも兼ねていて、お店だけでなく催しも増えます。
昨年からは、100円市と言うのがメインになっていて、できるだけ100円で購入できる物を販売しています。
「被災地障がい者センターみやこ」では、この市で得た収益が、みんなで月に一回集まる「およれんせの会」の運営費になります。
今日の出し物は、バザー用品で集めた衣類と、漁協から頂いた「わかめ」。
でも、あいにくの雨で、お客さんが少なく、販売は苦戦。
当日は、盛岡の商店街から、ゆるキャラの「開運かなえさん」と「開運たまえさん」も登場。
宮古スタッフは結構喜んでいました。
グラフィックス3
6月9日(月)
「被災地障がい者センターみやこ」スタッフ二人が、代休でお休み。
代わりに私が事務所番をする。
昨年のTRYでお世話になった、秋田の棚谷さんが事務所に寄ってくれる。
今度は、福島県南相馬市でボランティアをするとおっしゃってました。
更に、一昨日の復興市で残っっていたわかめを、全部買い取ってくれました。
センターみやこの事務所を開けていると、3名ほどの障害者が立ち寄ってくれ、いろいろ話せました。
6月10日(火)
朝8時半ころにみやこを出発し、石巻へ。
午後2時過ぎに「被災地障がい者センター石巻」の事務所へ到着。
イベントの打ち合わせで、業者の方と話し合いの真っ最中でした。
イベントの実施会場図面を基に、必要な機材や人員体制などの打ち合わせ。
もともと、55万円ほどの業者への手配料が、頼みごとが増えて130万円余りに膨らんでしまいましたが、この日の打ち合わせで、かなり不要なものを省き、なんとか100万円ぐらいにおさまりそう。
先週土曜日には、イベントの実行委員会があり、、石巻の様々な人と関係が作れていると感じる。
障害児の親、地元障害者団体のみならず、地元の障害者とは日頃縁のないNPOとも関係ができているとのことです。
業者との打ち合わせを見ても、何とかイベントの形が決まってきて、あとはお客さんがどれだけ来るかがカギとなりそう。
僕の方では、「ボランティア同窓会」をするための簡単な打ち合わせをさせてもらい、案内状作成の段取りを決めてきました。
今のところ、予想では、県外からおよそ40名近い人が来るのではと思っています。
この日はこの後、登米へ移動し、宿泊することに。
「奏海の杜」(かなみのもり)のメンバーは、毎日、朝の9時前から夜の7時過ぎまで勤務しているとのことで、体が少し心配になります。
ただ、新たな事業もどんどん動き出していて、7月からは登米の子どもたちの児童デイと相談事業が始まります。
来春からは、登米にあるグループホーム仮設の運営を委託するという方向で検討しているとのことで、人手不足がまだまだ続きそうです。
明日には、新たな方と面接する予定があるということでした。
6月11日(水)
朝、気仙沼市本吉町にある「ケアホームめぐみ」を訪ねました。
代表である菅原さんが3月末で辞め、後任の木村さんがかなり苦労をしたとおっしゃってました。
ゆめ風基金に助成申請のあった「移送サービスの件」でいろいろ話を伺いました。
午後からは石巻に戻り、「被災地障がい者センター石巻」の事務所で「NPO法人障碍児と共に歩む会」の小林さんら3人とお会いし、話をしました。
ゆめ風基金への助成申請は、2年間分の事務所費用をお願いしたいということで、現状を聞いてみました。
・事務所については、何度も探しているが、良い物件は見つかった途端、翌日には借り手が見つかり、なくなっているという状況だということ。
・ゆめ風基金に対しては、申請時の物件はもうなくなっているが、できれば物件を見つけるためにも助成がお願いできないか。
というお話。
今年度からは、一時止まっていた会費も改めて徴収しなおし、会としてきちんと活動をしていきたいということでした。
また、同席した会員の八木さんの家が、ようやく修理が完了したとのことで、パソコン等の備品をそちらにおかしてもらって活動中だそうです。
現状では、物件が定まっておらず、一刻を争う状況ではないが、「障碍児と共に歩む会」の状況を理解してほしいとのことでした。
6月12日(木)
岩手で作成しなおしている「ボランティア名簿」等を、アクセスというソフトに移行するための事務処理などを行いました。
6月13日(金)
田野畑村にいるOさん宅を訪問。
パソコン操作を覚えたいということで、毎月1回、僕が教えているが、メインは、Oさんの話を聞くことにある。
今回、お母さんが入院したことにより、施設にショートステイしたが、帰ってきたらヘルパーが木曜日に来なくなったとのこと。
また、家からほとんど外出できない状態で、つまらないとぼやいていた。
確かに、田野畑村には特に外出できそうな場所もなく(コンビニさえ田野畑村にはない)、彼女のしたいことが見つけられない状態でいるようだ。
パソコンは、月に1回訪問して教えているが、彼女には少し難しいように思う。
今日はipadで少しやってもらったが、パソコンよりはこちらの方が何とかなりそう。
でも機械を購入してまでやるかどうかはまだ疑問。
彼女が、パソコンやipadなどを「すごくしたいかどうか」はまだはっきりとわからない。
もう少し様子を見て、確認をしていく。
ただ、先ほどの彼女が「田野畑村でやる気を持てるかどうか」については、このままではいけないと考え、一度、大阪に来ることを提案。
彼女も「年の初めに大阪へ行きたいって書初めしたけど、本当は自立の練習がしたいのよ」と言っていて、まずは大阪のいろんなCILや自立生活を実践している障害当事者たちと、あちこち行く、なども実現できればいいと思う。
6月14日(土)
「被災地障がい者センターみやこ」毎月恒例の交流会、「およれんせの会」。
朝9時から田野畑村や、「ぶりーぴあ仮設」に住む障害者のお迎えに行く。
昼ごろ事務所に到着。
集まったのは10人ほど。
今日の昼食メニューは、サラダそうめん。
レタスや水菜、トマト、わかめなどをそうめんに乗せ、ドレッシングで食べるというもの。
みんなで調理。
そのあと、簡単な編み機を使ってミサンガづくりを。
女性陣は編み機が気に入ったのか、2つ目の制作にかかってましたが、男性陣は1個作れば満足という感じでした。
また、今年何に取り組みたいかということもみんなに出してもらいました。
午後3時には終了。
ただ、行きも帰りも片道1時間半も移動にかかってしまう。
往復3時間の道のりを迎えと送り、それぞれ車の運転が必要。
かなり疲れますが、みんながこの催しを楽しみにてることを考えると、頑張らなきゃ、と思います。
みやこには、今月末から新人が入るということで、僕が送迎のお手伝いに入るのも、もう少しで終わりかなと思います。
以上。
★震災から3年が過ぎ、被災地は、少しずつ穏やかさを取り戻してきている感じがします。
でも、東北は広いです。
交通機関が限られています。
移動手段が、都会のように整っていない分、外に出る機会が圧倒的に少なくなることも。
「移送サービス」がとても大事になってきます。
しかも、自立生活をしようにも、ヘルパーがいないとか、住める物件がなかなかみつからないとか、買い物や通院時にすぐ
動けないとか、問題は山積みです。
私たちが、まだまだ会えていない障害者もたくさんいると思います。
どこにいても、その人らしい暮らしができる日まで、さまざまな形で支援していきたいと思っています。
(K・N)

みちのくにょっきりフェスタ in 石巻!!

2014年7月27日(日)、石巻の中瀬公園自由広場(石ノ森萬画館 横)で、
「みちのくにょっきりフェスタ in 石巻」が開かれます! 
「出会い・つながり・感謝」をテーマに、
障がいのある人もない人も一緒に楽しむイベント。
防災グッズの展示や、野菜、石巻焼きそば販売もあります。
みちのくにょっきりフェスタ チラシ表
みちのくにょっきりフェスタ チラシ裏
被災して、いろんな仲間と出会った当事者が、今、こんな素敵なイベントを企画・実行・運営するまでに。
お近くのかた、どうぞ、お誘い合わせの上、ご参加よろしくお願いいたします!!

いよいよ明日!移動送迎支援活動の現状と課題・シンポジウム

いよいよ明日、移動送迎活動の現状と課題を探るシンポジウムを開催いたします。
震災から3年が経ちましたが、被災地の復興はまだまだです。
とりわけ人々の生活の復興は、住宅建設が大幅に遅れているため、なかなかめどが経たない状態です。
もともと耐用2年の仮設住宅の住みづらさとあいまって、人々の不安は増大する一方です。
そんな中、様々なボランティア団体によって移動送迎支援活動が続いていますが、被災地における切実な必要性は、やむことがありません。
各団体とも、持続可能な活動をめざして奮闘しているところです。
被災地で果敢に活動を続けておられるみなさんから報告いただきます。
この貴重な機会にぜひご参加ください。
<ご案内>
*シンポジウム *大災害時における障がい者・移動制約者の実態と取り組みの課題*
2014年3月30日(日)13:30~17:00(13:00開場)
たかつガーデン(大阪府教育会館)
地下鉄谷町線谷町九丁目、近鉄上本町 すぐ
講演:災害時における障がい者・移動制約者の実態と必要な移動送迎支援活動
講師:吉田 樹さん(福島大学経済経営学類・準教授 福祉送迎調査研究者)
パネルディスカッション 「災害時の移動支援の現状と3年になっての取り組みと課題
パネラー
村島弘子さん(NPO法人移動支援レラ・代表/石巻市大街道東)
竹下敦子さん(NPO法人ハックの家・代表/岩手県下閉伊奈郡田野畑菅窪)
小山貴さん(日本障害フォーラムいわて支援センター/岩手県陸前高田市気仙町)
助言者 吉田 樹 さん
コーディネーター:八幡隆司(認定NPO法人ゆめ風基金・理事)
行動提起~まとめに代えて 柿久保浩次さん(関西STS連絡会・事務局)
資料代 500円
主催:認定NPO法人ゆめ風基金/関西STS連絡会

くわしくはここをクリックしてチラシ(PDFファイル)をごらんください。

3.11~ 震災から3年 変わらぬ被災地の中で

東日本大震災から3年が過ぎ、4年目に入りました。
阪神大震災の時は、翌年から住宅が建ち始め、かなりの人たちが自力で再建していたころです。
県や市が建設する復興住宅にしても3年目で96%が完成していました。
ところが、東日本大震災で被災したほとんどの地域は、時が止まったまま何も変わっていないように思います。
岩手県でいえば、釜石や陸前高田では重機が目まぐるしく動いている様子が見られますが、その他のところでは重機もまともに動いていません。

(陸前高田の元の市街地。 かさ上げも何も進んでいない。まるで時が止まったよう)
写真
(岩手県山田町の今。がれきがまだ積み上げられているところも。津波で住宅が流され、家の土台だけが残ったまま。)
がれきの撤去が終わった後は道路づくりこそわずかに進んでいますが、住宅建設が全く進んでいないのです。
3月末までに建つ復興住宅が、計画値のわずか6.7%という数字が復興の遅れを物語っています。
宮古市をはじめ住宅建設の遅れている町では、今年度末で1軒の住宅完成もありません。
また、緊急支援で訪れたボランティアは、次々と撤退し、今は県外から常時応援に来ているボランティアはほとんどいません。ほとんどが地元民を中心とする支援団体に切りかわっていますが、そこに対する支援金がだんだんなくなり、
支援活動が尻すぼみになっているのではと危惧します。
岩手、宮城はそれでも復興途上と言えますが、福島は現在も被災が進行していると言わざるをえません。
昨年末の段階で震災関連死が、震災による直接死を上回ってしまいました。
復興住宅建設もいまだゼロ。
福島では若いヘルパーが他の県へ避難し、ヘルパー派遣がうまく回らず、ヘルパー派遣事業所が大赤字になっているといいます。
仮設住宅は、もともと短期・大量に建てられ、職人不足であったため、天井に隙間があって、その隙間をセロハンテープで埋めているようなありさま。
冬に暖房をすると結露がひどく、床が湿気てカビが大量に発生します。
どの県でも修理や補修の苦情が後を絶たない状態です。
ドアは凍って冬に外出すると戸が開かないなどの苦情もあります。
それでなくても壁は薄く、プライバシーが保てない仮設住宅。
このような仮設住宅に、あと何年居続けなければならないのかと住民の不安は高まっています。
そのような中、財政力のある人たちは、山手や内陸の物件を購入し引っ越していきます。
仮設住宅の高齢化率がどんどん高くなっていきます。
車を持たない高齢者、とりわけ何らかの支援が必要な人たちは満足にバスにも乗れず、移動支援が必要な状態です。
ただ、移動支援も短期的なものに終わるのではなく、高台移転ということで復興住宅に入れても何ら問題が解決に向かうわけではありません。
まちの小さなお店がつぶれて大型の量販店がどんどん進出してきている状況を見れば、移動支援が恒久的な問題になってきたと感じます。
沿岸部はもともと産業が少なく人口流出が続いてきたわけですから、今回の災害で、そのことに拍車がかかったということもまちの再興に大きな影を落としています。
神戸阪神間は、一時、人口が減ってもまた元に戻りましたが、沿岸部では高校を卒業した若者が働く場所がなく、
どんどん街を離れていくのです。
沿岸部のまちで仮設住宅に入れず、内陸の仮設住宅に 入った人たちの半数近くがもう自分の住み慣れた街ではなく、今住んでいる街での定住を求めています。
ただ、こうなってくると山間部の復興住宅建設計画にも影響が出てきます。
意向調査のたびに入居希望者の数が変わり、町として建設計画を確定できなくなるからです。
建設後に空き室が多いと、家賃収入と国からの補助金が減り、市町村の負担が大きくなる問題もでてきます。
ただ、被災者の意向調査を繰り返しても、入居者数と建設戸数を完全に一致させるのはそもそも無理があり、
ある程度の余裕を見込み、建設に踏みだすしかないといえます。
このように、「まちの復興」にはまだまだ課題が数多くあるといえます。
そのような中、ゆめ風基金では、移動送迎支援活動を応援すること、被災地において、障害者の活動拠点を作ろう、
活動を続けようとする拠点を支援すること、また福島への息の長い支援を続けていくことを念頭に被災地支援を行っています。
「本当の復興は、障害者が肩身広く生きていけるまちを作ること」
牧口代表の言葉です。
これを胸に刻んで復興支援を応援していきます。
 
                
2014年3月11日   ゆめ風基金一同

忘れない あの日のこと 阪神淡路大震災から19年

伝えてください
あの日のことを
語ってください
何が起きたかを
忘れられない忘れない
あの時の涙
忘れられない忘れない
あの時の笑顔
苦しみの昨日から
歓びの明日へと
【ゆめ風基金】応援歌「伝えてください」
作詞:永 六輔+谷川俊太郎 作曲:小室等
 1995年の阪神・淡路大震災は今日1月17日、19年を迎えました。
 6434人の命がうばわれ、4万3792人の方々が負傷された(兵庫県発表)あの大災害によって、障害者市民が長い年月をかけて築いてきた生活も働く場・生きる場もこわされ、たくさんのかけがえのない友人を亡くし、残ったひとたちもより過酷な困難に直面しました。
 その中で立ちあがった被災障害市民を中心に「障害者救援本部」が発足、全国の障害者の仲間が結集し、救援活動にととまらず、障害者も参加する復興と再生へと活動を広げました。
 ゆめ風基金はその活動の中から生まれ、被災障害者市民をはじめとする全国の障害者市民のネットワークにささえられて、今日に至っています。
 19年前、障害者が避難できるバリアフリーな避難所がないことや、知的障害といわれる人々がおれないこと、そして仮設住宅においてもバリアフリーでないなど、数多くの問題に直面しました。その後の復興・再生の道筋においても、わたしたちの願いがどれだけ実現したのかと問うと、もちろんたくさんの知恵が結集し、福祉制度においても障害者市民にとってよくなったところも数多くあるものの、障害者市民の自立生活の面でもまた障害者の働く場の保障の面でもいまもまだ問題が山積しています。
 そして、なによりもそれらの経験が3年前の東日本大震災でもほとんど生かされず、避難所のバリアフリーも実現せず、知的障害といわれるひとびとが避難でき、助け合える避難所は数少なく、また仮設住宅での生活が障害者の自立生活を困難にしている現実があります。
 しかしながら、それでも阪神淡路大震災をきっかけによりたしかなものになった全国の障害者市民ネットワークがあったからこそ、たくさんの人々の願いが込められた基金がゆめ風基金に寄せられ、今回の東日本大災害において被災した障害者とその生活拠点にいち早く救援金をお届けすることができました。
 さらに大災害の無念から心を期して障害者市民のこれかの生活をしっかりと支えていくための活動を始め、広げようとしている被災地の障害者の仲間たちの活動を支援し、共にすすめることができています。
 
 19年前に時計が止まってしまった6434人の方々の無念と託された願いを忘れないで、これからも阪神淡路大震災の被災地の障害者の仲間と東日本大災害の被災地の障害者の仲間、そしてゆめ風基金の活動をささえてくださるみなさんと共に、ひたむきに活動していきたいと思います。

第四回 被災障害者支援 東北⇔関西ポジティブ生活文化交流祭

開催迫る!今年は晴れ!
子供も大人も楽しいイベント!
そして、被災地へとつながる空に想いをのせて!
第四回 被災障害者支援 東北⇔関西ポジティブ生活文化交流祭
開催日時:2013年11月23日11時~16時
開催場所:大阪市・長居公園自由広場
WEBサイト(くわしくはここをクリックしてください。)
カラーちらし・PDFファイル(2.64MB)

前夜祭・被災障害者報告会&交流会
開催日時:2013年11月22日16時30分~18時30分(報告会)
                18時30分~20時30分(交流会)
開催場所:大阪市・長居障害者スポーツセンター2階会議室
入場料:報告会は無料、交流会は会費1000円をいただきます。交流会の参加は予約が必要です。
ゆめ風基金にお申込みください。TEL:06-6324-7702/FAX:06-6321-5662
WEBサイト(くわしくはここをクリックしてください。)
カラーちらし・PDFファイル(4.24MB)