ヒデの救済レポート

◆奈良県ひまわりの家・社会福祉法人ひまわりを支える会機関誌:ひまわりだより:NO、48号からの転載
ー連絡TEL、0745-42ー2919ーFAX0745-42ー2921
◎被災地支援活動報告・廣田
H25年度は、約1年間に渡り関西の有志法人で、福島県アドバイザー派遣事業:被災地における障害福祉サービス基盤整備事業:に関わらせてもらいました。
地域相談支援事業所や浜通り:福島県の太平洋沿いの地域:の各県域相談支援アドバイザー:いわき県域・双葉県域・相双県域:と連携しながら<、24年度の活動で明確になった資源不足という課題をふまえ、 いわき市・双葉郡川内村・南相馬市・相馬市・新地町にて、社会資源の状況把握と立ち上げ支援・拠点づくり、福祉関係従事者のモチベーション維持に対する側面支援、各自立支援協議会の活性化を促すなど、被災地支援をおこなってきました。 川内村ではH24年4月に帰村宣言をおこないましたが、避難先から完全に川内村へ帰って生活している人は約450人:震災前の人口は約2800人:。 帰村している方の中には避難生活にストレスを抱く高齢者や障害者が多く、此内では高齢者の介護ニーズも急増しています。 震災前からも、村内には障害のある方が過ごす場がなかったため村外の事業所を利用されていましたが、 これまで利用していた事業所も警戒区域内で休止していることもあり、行き場がなく家で閉じこもって過ごす方が多いです。 そんな状況のなか、障害のある方の居場所をつくることとなり、双葉県域相談支援アドバイザーや川内村保健福祉課の皆さんと、川内村で暮らしている障害のある方を訪問してニーズ調査を実施しました。 活動場所やスタッフの確保も並行しておこない、H25年6月1日から:サロンどじょう:・拠点整備事業・が立ち上がり、今後はここを拠点として村内のコミュニティーを築こうとされています。 いわき市では、避難者が多いために福祉事業所に空きがなく、仮設住宅や借り上げ住宅での生活のしずらさや将来への不安を抱えながら、常に子どもと向き合っているお母さんがしんどさを抱え、精神科への受診や安定剤等の服薬をしながら生活されている方も多数おられます。 また、子どもへの虐待の告白や、虐待をするかもしれないという強い不安の声も多数耳にする状況がありましたが、それらの状況を把握するなかで、いわき市の法人や避難先から新たな児童支援事業所が複数立ち上がるなど、地域の方が主となって避難されている方と向き合いながら、暮らしやすさを築きつつあります。 南相馬市では、戻ってきている人は被災前の人口:H23年3月1日現在・70752人:の約60バーセントで、放射線量の影響で若い人が市外に避難されている事もあり、働きざかりの年齢層が少ないです。 また賠償金が入ることにより、労働意欲が低下していたり、2~3ケ月除染作業で働きお金を貯めて、無くなったらまた除染作業をするという働き方も増えていると言われています。 そのため、福祉事業所では慢性的な職員不足が続いており、必要な支援がおこなえずに見守ることで精一杯の状況。 人材確保や人材育成が大きな課題となっているため、新人職員が抱える悩み等の聞き取り調査や、中堅職員研修実施のお手伝いをおこなってきましたが、具体的な打開策を見出すには至っていません。 また、南相馬市・飯館村など、避難生活を経験している1歳半・3歳児検診では、8割の幼児が経過観察となっており、落ち着きのない児童が急増している状況です。静かにしろと制限をかけられ続ける仮設住宅での生活や働かない親を見て育つ等、これから20年後に、そのような環境・経験で育った子ども達が社会を担う時期に大きな不安が高まっているため、児童に対する支援体制の充実が急務となっています。 被災から3年が経つなか、被災者でもある福祉関係者は、県外の応援者の力を得ながらその日をしのぐ活動をおこなってきた段階を脱し、自らの手で希望を築こうと力の限り取り組んでおられます。 今後も、生きづらさを抱えた福島の人たちに寄り添いながら、福島の人たちの手で希望を築くお手伝いをおこなっていければと思います。以上 ●被災障害者支援ゆめ風基金が届けた救援金総額は、309701224円:014年8月12日現在: ○東日本関連救援金、金額は、264292139円です。:014年8月12日現在: 只今の基金残高!254988305円:014年6月末日現在:です。 このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌:そよ風のように街に出よう:編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。広く知ってもらいたいので、転送自由。自由にお使いください。 息の長い救援が求められています。長期戦です。救援金の送り先は、〓郵便振替口座:00980-7-40043:ゆめ風基金です。;とうほく;と書いてください。 ー東日本大震災救援活動の中のhideの風景ー ●広島での大雨による土石流災害は多くの被災者を出し、現在も行方不明者の雨中捜索が続けられています。 災害警報の出し遅れの:人災:の一面もありますが、被災者の明日へのための、救援、支援が求められています。 ゆめ風ネットワーク広島の方々による調査では、3ケ所の障害者事業所、作業所が土砂の流入の被害を受け、閉鎖されているとのこと。また、障害者市民の安否確認は、継続中とのこと。続報をお待ちください。 日本という土地柄では、どんな所に住もうとも、自然災害からは逃れられません。命の安心が何にも増して必要です。 hideの住まいする、大阪北部の街、箕面市にも、24日、大雨洪水警報が出され、ものすごい叩きつける大雨が降りました。夜にかけて、hideの住む所の、道路一本挟んだ地域が、:避難指示区域:になり、多くの住民が避難されました。 明け方には、解除されたのですが、ものすごい雨の音と、道路が川のようになっていました。 くれぐれも、自然災害には備え、用心する事が必要ですね…。 以上!

ヒデの救済レポート 2014年8月5日 NO163 

●先にお知らせした、7月27日・みちのくにょっきりフェスタin石巻
被災地障がい者センター石巻他実行委員会主催は、人口の割には、大盛況・
参加人数500人以上で成功裡に終了しました。
全国から、仲間が40人以上が駆けつけました。
また、前日の26日には、震災時に東北3県の障害者拠点で
救援活動を行ったボランティアが40名以上集まり、
同窓会もどきの情報交換の場を持ちました。
石巻では、初めての障害当事者団体主催のイベントでしたが、
市民に広く知られ、親しまれ、これからの足がかりとなりました。
●東北関東大震災障害者救援本部通信NO11からの転載
てんかんの電話相談から気付いたこと:萩原せつ子:前回からの続き、その2
一つめは、震災時に安心して避難できるところがなかったことです。
発作を隠している人は、避難所へ行けません。
発作を理解してもらえず、避難所から出なければならない人たちがいました。
病気や障害のある人たちが、が避難できる場所が必要です。
二つめは、情報を得る場所、緊急時の相談場所がなかったことです。
病院のこと、薬の入手方法、医療機器の電源などです。
三つめは、抗てんかん薬の備蓄がなかったことでした。
緊急時には外科内科精神科の順で医療チームが入るそうですが、
慢性疾患の薬も精神疾患の薬もありませんでした。
四つめは、てんかんが周りの方に理解されていないことです。
医療支援で入ったドクター「避難所を回ったけど、てんかんの人だれも来なかったよ。
困った人いないんじゃない:」と言われました。
いないのではなく行けなかったのです。
誤解や偏見を恐れ、てんかんを隠している人が、SOSも出さず、
避難所へも行かなかったのです。:
{もう一週間以上も薬がない」:との電話を受けて、
「私が:何とかして届けます」:と言いましても、
その方は、住所も名前も最後まで言いませんでした。
絶対に知られたくないと言うのです。
命に関わるかもしれないのに、隠しておきたいのです。
それだけ偏見が強いと言うことです。
五つめは、てんかんのことを相談する場所が足りない。
今でも一人で悩みを抱えている人はたくさんいます。
六つめは、てんかん専門医師や病院が足りない。
きちんとした医療が受けられないまま、あきらめている人が多いのです。
「何十年も同じ薬を飲んでいるのに直らない」と、あきらめている人がいました。
専門の医療を受ければ、直る人もたくさんいるはずなのに。
七つめは、発作のある人は、通所施設も入所施設も足りない。
相談の中では、10年以上も待機待ちしている人もいました。
待機するのも断られたという人もいます。居場所がないのです。
八つめは、公的な支援が必要なのに、福祉サービスを受けられずにいる人が多いことです。
手帳も取らずに、公的な支援につながっていないのです。
隠している場合はもちろん、家族だけで抱え込んでいるケースがとても多い。
家族がいて住む家があって、何とか家族に支えられてきた人がいました。
親が残った家で何とか生活してきた人たちがいました。
でも、震災で家族も住む家もなくしてしまったとき、途方にくれてしまったのです。
九つめは、地域でのネットワークづくりが遅れていたことを、本当に悔やみました。
てんかんのことを隠していても、支援は必要なのです。
病気や障害のある人たちとの連携、地域・医療、行政などとの連携が本当に遅れていました。
防災に関して、宮城県支部で力を入れていることが、3点。
一つめは、薬や薬の情報管理など自分でできる備えの呼びかけです。
薬を管理させておく緊急カードです。
このカードはてんかんの方だけでなくどなたにも使えるものです。
薬の名前も難しいですから、自分ではなかなか覚え切れません。
名前だけでなく何ミリグラムという分量もとても大事です。
ちゃんと書いておいて、自分で持つ、家族が持つ、家に置く、学校に置く等
分散して持つように呼び掛けています。
そして、いざという時の支援者を絶対に作っておくことです。
誰か一人でも、てんかんのことをわかってくれる人がいるだけで、非難所にいることができたのです。
二つめは、てんかんを正しく理解してもらうことが必要たと思ています。
いろいろ課題がありますが、つきつめていくとやっぱり私達の活動の発信が足りず・・・
三つめは、その他の障害者団体等と情報の交換と連携です。
今必死でやっていることで、今日もここでお話しさせていただいてとてもありがたく思っています。
また同じような災害が起こって欲しくありませんが、もう後悔したくありません。
そのための取り組みです。:
仙台市民シンポジウム要約:以上
●現在の基金残高、243283069円:014年3月31日現在
:東日本大震災救援金額は、014年5月19日までに、255832139円です。
これまでに支援した団体、個人への金額。301241224円です。2014年5月19日現在
●このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌:そよ風のように街に出よう:編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。広く知ってもらいたいので、転送自由。自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。長期戦です。
救援金の送り先は、郵便振替口座:00980-7-40043:ゆめ風基金です。;
とうほく;と書いてください。
東日本大震災救済活動の中のボクの風景

ヒデの救援レポート2014年7月18日№162

●7月12日に開催された「近畿労働金庫 東日本大震災復興支援定期預金『サポートV報告会&感謝の集い』」は、ゆめ風基金呼びかけ人代表の小室等さん、こむろゆいさんの歌声とともに、会場は満席になりました。
来年からも、定期的にこのイベントを開催することになりました。
●東北関東大震災・障害者救援本部特集号№11からの転載
連絡先 TEL 042-660-7747 FAX 042-660-7746(全国自立生活センター協議会)
○被災地は…今  その7
・「てんかんの電話相談から気付いたこと」  萩原せつ子(日本てんかん協会宮城県支部代表)
「てんかん」は100人に1人がかかる病気といわれている程、多くの患者さんがいます。
治療をすることによって7割から8割の人が発作をなくしたり減らしたりできる普通の病気です。
しかし原因が分からない場合が多く、発作も突然起こることなどから誤解され、長い間差別と偏見に苦しめられてきました。
「てんかん協会」はてんかんのある人とその家族を中心とした患者団体で、「てんかんのある方達の悩みや苦しみを少なくしたい」という思いで活動しています。
3.11の震災後から、私達は「てんかんの電話相談」を続けています。
震災でたくさんの方が服用している薬を失い、病院も被災してしまいました。
病院へ行く手段をなくした方もいました。
てんかんの治療には、薬を毎日きちんと飲み続けるということはとても重要なことです。
薬の服用を中断すると症状が悪化してしまう場合が多いのです。でも、あの当時相談できるところも情報もありませんでした。
他の病気の方々もそうだったと思いますが、てんかんのある方々も大きな不安の中にいました。
会員さん方の安否確認をする中で、会員さん以外のてんかんの方達はどうしているのかと思いました。
その方達の不安やSOSの叫びが聞こえてくるようでした。
たくさんの方々の孤立している様子が見えるようでした。
何とかしててんかんのある方々に情報を伝えなければと思いました。
幸い私のところへはてんかん協会の本部やてんかん学会のドクターたちからいろいろな情報が集まってきていました。
災害時に処方箋無しで薬を出してもらう方法、今どこの病院が診療しているのか、てんかんの薬がどこで作られていま被災地に向けてどこまで来ているのかその量などです。
私と事務局の方の自宅の電話で、電話相談という形で、情報を伝えることにしました。
新聞社に電話相談のことをお知らせして流してほしいとお願いしました。
こんな急なお願いを聞いてもらえるのだろうかとドキドキしていましたが、意外な返事が返って来ました。
それは新聞社にもてんかんの方々からSOSの電話がたくさん来ているということでした。
「困っている人たちがたくさんいる。すぐお知らせを出しましょう」といわれました。
それでは新聞だけでは足りないと思い、テレビ各局にも広報を頼みました。
その日からテレビでテロップが流れ始め、すぐに電話がかかってきました。
3月22日のことです。
始めはほとんどが薬と病院のことでした。
次に増えていったのが、「避難所で症状が悪化した」「不安とストレスで悪化している」などの症状悪化や「どこか発作があっても入れる施設はないのか」「家がなくなってしまった」など全体に関わる相談でした。
それから避難先での病院の情報、病院が遠くなってしまったので通えないなど様々でした。
そのうち震災に関係のない一般的なてんかん相談も出てきました。
相談の方々が一様にいうことばがあり、「今までどこも相談するところがなかった」そして多くの方が「てんかん」を隠して生活をしていました。
電話相談を受けながら気付いたことがあります。
課題は前からあったのですが、それが震災でよりはっきりしてきただけだということです。
○その2につづく
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これまで届けた救援金
301,241,224円(2014年5月19日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,832,139円(2014年5月19日現在)
ただいまの基金残高
243,283,069円(2014年3月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
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●東日本大震災救援活動の中のボクの風景
「吾亦紅」と名付けられた植物は、小さな赤い花をつけます。
大輪の紅薔薇のようにではなく、ひっそりと。
大きな声、叫び。
大勢の群集の権利要求、強い権力ではなく、小さく、ひっそりと。
しかし、その大勢の人たちと同じように、わたしにも、赤い血潮がしっかと流れているんだぞと、「われも、また、赤い『吾亦紅』」と咲くのです。
●NPO法人・移動支援「レラ」機関紙「:かぜのたより」4月号からの転載
連絡 TEL&FAX、0255-98-5667
宮城県石巻市大街道東4丁目2番10号クレンビル1号舘2階
「レラ」とは、アイヌ語で「風」を意味しています。
『移動支援レラ3周年「活動報告書ができました!
・被災地でいのちの足を守る。カラーA4版35P」
あっという間に2013年度が終わり、4月も終盤になってしまいました。
みなさま、お変わりはありませんか?
私たちは石巻で変わらず走り続けています。
活動資金の大半を占める助成金や補助金はすべて2013年単年度の支援のため、ほとんどが終了してしまいました。
ですが、昨年いただいたご寄付金を次年度に持ち越すことができたため、なんとか平常通りの活動を維持したまま、新年度の活動基盤づくりに奔走しています。
なにかとバタバタしているところで、みなさまにはあまりご連絡も出来ない状況で大変失礼いたしました。
そして、変わらぬあたたかい見守りをありがとうございます。
移動支援「レラ」の活動3周年という節目に、活動報告書を作成いたしました!!
移動支援「レラ」で初めての報告書です。
是非、しっかりと目を通してみて下さい。
単なる「思い出アルバム」のような報告書ではなく、これまでに築きあげた送迎の経験や教訓、データなども詰め込んだ、:未来への参考書:のようなものを作りたいと思いました。
社会への「恩返し」のつもりで作った活動報告書です。「レラ」のあゆみと仕組みを載せています。
まだまだ復興は折り返し地点にすらたどり着いていないということを知ってもらうためにも。
以上。

ヒデの救援レポート2014年7月1日№161

●東北支援日本復興まつり
・ソウル・フラワー・モノノケ・サミット ライブ 
日時:2014年8月1日(金)午後3時半~5時半
場所:日本復興市~西宮公同幼稚園園庭
出し物:スーパーボールすくい、折り紙、バルーン、かき氷、ポップコーン、ボン菓子、棉菓子、雑貨販売など。
●日本復興まつり
・ソウルフラワー・モノノケ・サミット ライブ
日時:2014年8月1日(金)午後6時半より
場所:西宮公同教会チャペルホール(阪急神戸線・西宮北口駅より徒歩10分:北へ)
大人3000円、子ども1000円
主催・実行委員会:西宮公同教会、NPO法人障害者生活支援センター遊び雲、他
連絡先:TEL・西宮公同教会 0798-67-4691、遊び雲 0798-75-6340


カタログハウス「通販生活」2014年夏号より転載
連絡先 TEL 0120-832-932 FAX 0120-709-567
【山椒言・萩本欽一(コメディアン)
  原発?あんなものやめたほうがいいのは間違いないよ。でも、そのためにはさ…】
●なに、きょうは震災の話を聞きにきたの?
通販生活:も変わってるね~。僕は「運」の本を2冊も出してるくらいだから、運の話しかできないよ。
僕はね、幸せが1個くると不幸せも1個くると思ってるの。
そうすると、今回の震災で大きな不幸を負った人は、みんな2倍くらい幸せになんなきゃいけない。
震災から3年たったけど、まだ幸せになれていない人も多いよね。
まず言葉の問題だけど、僕は「被災」した方とは言わないの。
そういう不幸の言葉を使うと不幸が生まれちゃうから。
たとえば、「ウデのいい・農業や漁業や酪農の・職人」が、手を休めるときがきてしまったと考えるの。
せっかくウデのいい職人がたくさんいるんだから、その優れた手をどう使うかを考えたほうがいいよね。
いま日本には元気がなくて、下り坂の町もたくさんあるでしょ。
そういう町を、ウデのいい職人たちに元気にしていただく。自分の生活だけじゃなく、その町の人の生活も支えるんだから、2倍元気になるじゃない。
政府も「補償」じゃなくて「応援」のために、その地域では消費税やガソリン税なんかも全部免除して、どんどん稼いでもらう。
病院やスーパーもつくってもらってね、3年あったら日本に3つくらいすごい町ができあがっていただろうなぁ。
国内総生産じゃなくて:町内総生産:も東京に迫る勢いで、みんなその町に行きたいって行列するから関所もつくらなきゃ。
こんなふうにさ、いま困って人たちが「英雄」になるようなことをやらなきゃダメだと思うんだよね。
僕が総理大臣や復興大臣をやっていたら、そうしていたんだけど、誰もなれって言ってくれなかったんだよね(笑)。
原発?
あんなものやめたほうがいいのは間違いないよ。
ほとんどの人がそう思ってるでしょ。
でも日本のことだけを考えて言い争っていると、グズグズとこれから何十年も続いちゃう。
だからね、僕はちょっと違った発想が必要だと思うの。
中国がこれから10年で60基も新しく原発をつくるって言っているんだから、世界のことも考えなくちゃいけない。
もし中国で事故が起こったとき、日本が知らんぷりはできないでしょう。
だから、子どもたちが廃炉や除染の技術なんかを学んでね、もし中国や世界で何かあったときは、原爆も原発事故も体験した日本人が先頭に立って助けに行ってほしい。
そのうち、日本人のなかから原発よりすごいエネルギーを発明すぐれ者が出てきてさ、世界に向けて「原発なんてもうやめようよ、こっちのほうがすごいよ」って言うから。
そうしたら気持ちいいよね。
これが世界中から原発をなくすいちばん早い方法じゃないかなぁ。
以上
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これまで届けた救援金
301,241,224円(2014年5月19日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,832,139円(2014年5月19日現在)
ただいまの基金残高
243,283,069円(2014年3月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
●東日本大震災救援活動の中のボクの風景
「吾亦紅」と名付けられた植物は、小さな赤い花をつけます。
大輪の紅薔薇のようにではなく、ひっそりと。
大きな声、叫び。
大勢の群集の権利要求、強い権力ではなく、小さく、ひっそりと。
しかし、その大勢の人たちと同じように、わたしにも、赤い血潮がしっかと流れているんだぞと、
「われも、また、赤い『吾亦紅』」と咲くのです。


●ILセンター福島事業案内より
・クリエイト
相談支援・障がい者ケアマネジメント・日常生活上の一般的相談から、自立・福祉制度利用・地域生活移行などの支援まで、総合的な相談支援を実施しています。
また、障がい福祉サービスケアマネジメント、サービス利用計画等もご利用いただけます。
・ピアサポート
障がいを持った方が、地域で生活する上で心配や不安があるのは当然です。
私たち一足早く地域生活を始めた障がい当事者が、これまで蓄積したノウハウの提供や同じ境遇を共感し分かち合い相談を受けます。
・ILP
自立生活希望者の方には、その方の自立生活に必要な知識・技術等を身につけていただくためのプログラム「ILP」を実施し私たちとともに考えその方らしい自立生活をサポートいていきます。
・定期勉強会「ILP講座」
福祉制度や地域生活のノウハウなど、障がいを持つ方が地域生活を行うために必要な情報を、勉強会・講習会・講座などの形で企画し開催しています。
また、自立生活に必要なスキルを年間カリキュラムで受講していただく講座も開催しています。
・ILホーム
自立生活を目指す障がい者の方はもちろん、すべての人が使いやすく暮らしやすい居住環境を提供するユニバーサルデザインの新しい形のアパートです。
個人のプライベート空間をしっかり保ちつつ、共有スペースも備え入居者同士のコミュニケーションや情報交換の場として利用できます。
・体験室
また、1部屋を自立生活体験室として確保しています。
実践を通して自信をつけたり、課題発見などのプログラムを実施します。
短期から長期の利用まで対応し、安心して納得のいくまで体験生活を過ごすことができます。
●介助サービス
・障がい福祉サービス・介護保険・居宅介護・重度訪問介護・移動支援(自立支援法)、訪問介護・介護予防訪問介護(介護保険)のサービスを提供しております。
・有料介助・公的な支給限度を超える部分、公的支援の対象とならない介助なども有料で提供しております。
・移送サービス・介護輸送・ケア輸送(道路運送法)のサービス提供。
●ナイトヘルプサービス
夜間、予期せぬ事態で、急な介助を必要とするときや不安なときなど電話1本でオペレーターが対応する基本サービス、臨時訪問サービスと定時巡回訪問サービスの提供
・クリエイト 024-573-2095
・介助サービス 024-523-0525
・ナイトヘルプサービス 024-523-9500
以上

ヒデの救援レポート2014年6月21日№160

●「みちのく・にょっきり・フェスタin石巻」のお知らせ
日時:2014年7月27日(日)午前10時~午後4時
場所:宮城県石巻市・中瀬公園自由広場・石の森漫画館横・石巻駅から徒歩15分
連絡先:石巻実行委員会事務局・被災地障がい者センター石巻
TEL&FAX 0225-25-5388
「出会い・つながり・感謝」
「障がいのある人もない人も一緒に楽しむ:にょっきり」なイベントです。
関西からは遠隔地ですが、是非のご参加をね!!

ステージ:ソウルシンガー・ロックバンド・ベリーダンス・キッズダンス・障がい者プロレス
展示:防災グッズ他
販売:野菜、石巻焼きそば、石巻支援学校生の作品他


●お知らせ~被災障害者支援「ゆめ風基金」の休日変更について
東日本大震災から丸3年が経過しました。
復興への道のりはまだまだの感がありますが、とりあえずは、発災時の緊急支援の時期は過ぎ、これからは、忘れない、恒常的な支援になると感じています。
それに応える支援活動を担うために、または、ゆめ風基金20周年に向けて、事務局体制を見直しました。
東北各県の被災地障害者センターなどの各拠点もスタッフ体制を組み直し、息の長い活動に向けて、開所日、勤務日を変更しています。
ゆめ風基金も、緊急時の2年間は、スタッフをやりくりして、無休。
3年目からは、休日は、日曜日と祝日のみでしたが、3年を経過した、今年の7月からは、土曜日に電話も、訪問者もほとんど途切れている現状から判断して、土曜日、日曜日を休日にする事になりました。
ご支援をいただいている皆さんには、ご理解をいただき、ご協力をお願いいたします!


『被災地は…今』
被災地の移送支援は生活支援 東京救援本部・高木千恵子 その2-前回からの続き
・見えてきた移送支援の課題
救援本部では、現在3ケ所の事業所に移送サービスを委託している。
利用者は主に障害者を対象としているが、震災後に鬱になり公共の交通機関を使えない高校生とか仮設住宅に住む高齢者の利用もあってその線引きが難しい。
主な行き先は、通院・通学・事業所への通所・放課後の居場所への送迎・買い物である。
加えて個別送迎なので、人も時間も取られる。
遠方への送迎は、それだけで1日を使ってしまう。しかしこれも線引きが難しい。
スタッフも欠員状態で充分に確保できていない。
移送支援の重要性を受け止めて、事業所の職員をやり繰りしてニーズに応じている状態だ。
また運転を依頼していた方が、震災復興事業のほうに移っていき、ニーズに対応できない状況もおきている。
復興事業の方が報酬単価が高いからかもと推測しているそうだ。
当初は復興が進むにつれニーズが減っていくと予測していた。
だが、公共交通機関の高齢者や障害者への配慮が行き届いていない分、増えている。
そして被災から3年目を経た今は、人・物・サービスを待っているのではなく、進んで移送支援を使って出かけようと意識が変わってきたそうである。
このように需要が減るどころか増えている移送支援だが、支援が長期化するにつれ、緊急支援から、日常の生活支援へと切り替えるには多くの課題があることも見えてきた。
・関係団体との連携を探る
被災地で移送支援に取り組んでいる団体は、救援本部だけではない。
震災直後から現地に入り、無償あるいは低料金でのサービス提供を行ったものが多い。
そしてそれらの団体の利用者は移動困難者全般であり、多くの住民である。
・被災から3年目を迎え、課題も見えてきた。
1.現在は無償サービスをおこなっているが、財源の点から、無償の継続には限界がくるだろう。
移送サービスをやめるか有償サービスへ転換するか判断をすることが迫られることになる。
2.有償サービスとした場合、利用者の負担を抑えるために助成金などを確保ができるか。
また福祉有償運送についての道路交通法の解釈や運用を緩和する働きかけが必要になる。
3.そして公助的移動、電車やバスやタクシーでの移動が、障害者にとっても利用できるものにする働きかけも欠かすことができない。
被災地での多様なニーズに応えるためには、地域性を生かした自助的移動:自家用車など:と共助的移動:NPO等による移動サービス:と公助的移動:市町村バス・一般路線バス、タクシー:が幅広く必要である。
そしてそのためには、道路交通法等の規制に柔軟な解釈や運用が求められてくる。
すでに、:被災地における生活移動の保障:を求める提言を関係団体がまとめ、当局との交渉に入っていると聞いている。この動きに注目して、共に働きかける必要がでてきているのではないのだろうか。
:
復旧でなく、復興へそして新生へ:の課題を移送支援の視点からもとりくまなければならない。
私達が石巻に滞在していた数時間の間にも、町の中を走り、駅前の広場で送迎をするレラさんの移送支援車に何度も遭遇した。
その走り去る車の後ろ姿を見ながら、あらためて移送支援の重要さを感じた。
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これまで届けた救援金
301,241,224円(2014年5月19日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,832,139円(2014年5月19日現在)
ただいまの基金残高
243,283,069円(2014年3月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
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●東日本大震災救援活動の中のhideの風景
『第1回 ゆめ風であいましょう in 大阪
                 &近畿ろうきん「社会貢献プロジェクト・すまいる」
    近畿ろうきん東日本大震災復興支援定期預金「サポートV」報告会&感謝の集い』

・関西のお二人をゲストにお招きして…楽しいトークと音楽・支援活動のご報告
歌:小室等さん、こむろゆいさん。
トーク:道上洋三さん、清水哲さん
日時:2014年7月12日(土)午後2時より
場所:近畿ろうきんメインホール
大阪市西区江戸堀1-12-1 ろうきん肥後橋ビル12F
(大阪地下鉄四つ橋線・肥後橋駅10番出口、大阪地下鉄御堂筋線・京阪淀屋橋駅・京阪中之島線渡辺橋駅下車)
●参加協力券、前売り 2000円(定員200人 先着順・全席自由席)
●お申し込み・お問い合わせ
認定NPO法人ゆめ風基金 TEL 06-6324-7702 FAX 06-6321-5662
・小室等さん:ゆめ風基金呼びかけ人代表
・こむろゆいさん:ソロ活動と「六文銭09」他
・道上洋三さん:朝日放送アナウンサー、朝の番組37年目
・清水哲さん:同志社大学1回生の時に、野球試合中に、首の骨を折り現在に至る。口にくわえたステックでパソコンを操り、著書多数。講演活動を全国に展開中
「近畿ろうきん東日本大震災復興支援定期預金 サポートV」とは??
東日本大震災の復興支援として、2011年6月から2012年3月まで、近畿ろうきんは東日本大震災復興支援定期預金:「サポートV」(5年、7年、10年)を発売し、会員・お客様と共に取り組みをすすめました。
この結果、みなさまより161億円余りの預金が預けられ、毎年3月末の預金の残高に応じて10年間、復興支援を取り組む(ゆめ風基金、あしなが育英会)へ、近畿ろうきんから、寄付(総額1億6180万円の見込み)が行われています。
2013年度寄付金額は、各1140万円となり、両団体を通じて被災地支援活動が行われています。
企業とNPOが、がっちりとタッグを組んで行ってきた支援の様子、是非是非、皆様にも知って頂きたく、
ご来場を心よりお待ち申し上げます。
以上!

hide の救援レポート2014年6月6日№159

●訃報です。
去る5月29日、元大学教授で、長い間、大阪府豊中市の:国障年市民会議:の代表を務められ、被災地障害者支援にも力を注いでいただいた、大谷強さんが、脳梗塞後遺症療養中に亡くなられました。(享年70歳)
6月1日に通夜、2日に葬儀が、京都府宇治市のカゴタツホールにて営まれました。
全障連豊中市大会での記念講演以来のお付き合いでした。
ありがとうございました。
合掌!hide


●東北関東大震災障害者救援本部特集号・自立情報発信基地№9号からの転載。
連絡先
TEL 042-660-7747
FAX 042-660-7746
「被災地は…今」その2:被災地の移送支援は生活支援::高木千恵子(東京救援本部)
被災地でなくともバリアの多い障害者の移動
救援本部に関わるようになってから、車椅子利用者と共に外出する機会が多くなった。
そしてその都度、障害者の移動について考えさせられことに直面している。
先日もある集会に出かけたとき、JR中央線高雄駅を利用することになった。
なんとこの駅の南口には未だにエレベーターがなく、北口におりて炎天下の中南口につながる道路を歩く羽目になった。おまけにたまたま事故渋滞でバスが大幅に遅れ、大勢の方が乗り込んだため、次のバスにと乗車拒否にまであってしまった。
やっと時間に間に合ったその集会で、「高雄駅がねぇ・・・」と交通機関のバリアのことが課題にあがった。
その席上で:都営大江戸線は、ホームから電車への移動は車椅子で介助無しでいける。
だから私は障害者じゃないみたいだ:と話している当事者の言葉が印象的であった。
被災地でない東京の日常であっても、生活の中での交通機関の利用は障害者にとって事前調査が欠かせない。
公共の交通機関があるのか、かつ充分にあるのか、で、そこはバリアフリーになっているのかなどなど外出のたびに確認が必要となる。
更に介助者の確保も加わってくる。
何時でも何処へでも、電車かバスか車か自転車かと自由に選ぶことができる自分に置き換えてみると、本当にしばりの多いことにあらためて気付かされている。
こうした現状からして、被災地の障害当事者達の移動はさらに困難をきわめるだろうと容易に推察できる。
そんな問題意識を持ちつつ、7月に被災地の移送支援の状況をお聞きするために、石巻と南三陸に出向いた。
被災地の移送支援は生活支援である
今被災地では、移動が多くの住民にとって深刻な課題となっている。
その要因は、JRが未だ不通の区間があり、バスで代行していること。
津波で自家用車が流されてしまったこと。
車で送迎をしてくれた家族や近所の方々と離れ離れになっていること。
加えて交通事情の悪いところに建てられた仮設住宅に住んでいること。
更に自治体そのものも被災しているため、交通や福祉の状況把握や対策がたてられないし予算を割くこともできていないことがあげられる。
こうしたいくつもの要因が重なっている。
これは被災地だけでなく、他の地方の町にも言えることだが、電車やバスによる移動に比べて、自家用車による移動が多くなっている。
この自家用車に頼っていた移動が、事態を深刻にしているのだ。
運転をしない・できない方達は、車と人との移動手段を奪われてしまった。
特に高齢者・障害者・子ども達である。
移送支援の利用者の多くは、こうした運転をしない人とできない人、運転はできるが自家用車を失った人である。
しかも、被災地における移送支援は、単なる運転手の役割をするに留まらない。
買い物に出かけられない。
すると食料や生活物資がなくなる。
通院ができない。
すると医者にみてもらえない、薬がなくなる、結果体調を崩す。
家から出られないので人と話す機会がなくなる。
それで孤立し、引きこもりにつながる。
移動が困難であることは、日常生活に支障をきたすことにつながる。
被災地の移送支援は、生活支援である。
したがって、移送支援には通学・通所の見守り、病院の付き添い・車内でのコミュニケーション、生活面での相談、話し相手など生活支援としての役割が求められてくる。
今回訪問した:「移動支援レラ:」さんでは、職員は運転免許だけではなく、できるかぎりの資格を取るようにしているとのことであった。
ちょうど居合わせた職員の方が、ヘルパーや福祉有償運送の運転、そして患者移送乗務員などの資格を取得したと話してくれた。
(今回は終わり、続きます。)
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これまで届けた救援金
301,661,224円(2014年4月4日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,832,139円(2014年5月29日現在)
ただいまの基金残高
243,283,069円(2014年3月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
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●東日本大震災救援活動の中のボクの風景。
ゆめ風基金の呼びかけ人代表の歌手、小室等さん・こむろゆいさん、呼びかけ人の趙博さんのコンサートが、場所を違えて2日連続して開かれます。
1日目:2014年6月15日午後6時30分より
場所:大阪市淀川区十三本町1-7-27、サンポードシティ5F(阪急電鉄十三駅西口下車)
入場料:2500円
問い合わせ:シアターセブンTEL&FAX 06-4862-7733
        コラボ玉造 TEL 080-3119ー7074、FAX06-6763-0211
2日目:2014年6月16日午後6時より
「小室等コンサート ゆめを風にのせて…」
出演者:小室等さん、こむろゆいさん
ゲスト:趙博さん、はるまきちまきさん
会場:淡路島ワールドパーク おのころ内・レストラン「イル・マーレ」
(兵庫県淡路市塩田新島8-5  TEL 0799-62-1191 FAX 0799-62-4664)
問い合わせ:冒険の森  淡路市楠本314 TEL&FAX0799-74-5879(小南)
        コラボ玉造 TEL&FAX 06-6763-0211
入場料:一般2,500円
        1,500円(障害者と介助者)
        1,000円(高校生以下)
みなさま、ご参加ください。
そしてお楽しみください。
以上!

ヒデの救援レポート2014年5月26日№158

●「東北関東大震災障害者救援本部」世話人会が、5月16日、東京で開催されました。
ゆめ風基金からは、副代表のhideと、事務局長の橘高、理事の細井が参加しました。
・議事の要約です。
東北からは、8障害者拠点から出席があり、緊急支援時期は過ぎて、これからの支援の中から、各拠点の自立が模索される。
したがって、救援本部の役割はあまりなくなるので、一定の区切りとして、来年3月末で救援本部を解散し、以後の支援は、救援本部加盟の各団体が引き継ぐ。
残余金は、計算上、2000万円となるので、有効な使途を議論して決めていく。
というようなことが確認されました。


●東北関東大震災、障害者救援本部特集号 自立情報発信基地№11号からの転載
連絡先 TEL 042-660-7747 FAX 042-660-7746
被災地は…今 その6
「女性達は被災者であり、支援者でもあった」宗片恵美子(NPO法人イコールネット仙台 代表理事)
私たちの団体は、男女共同参画をテーマに幅広い活動に取り組んでいます。
特に防災・災害復興は重要なテーマととらえて震災が発生する前から取り組んできました。
障害に関しては当事者団体ではありませんが、災害時に女性たちが抱えた困難と障害のある方々の問題が多くの点で重なりましたので、このような発言の機会をいただき感謝しています。
私たちの団体が震災発生前からこの問題に取り組んできた背景には、宮城県沖地震の発生確率が高かったことや、95年の阪神淡路大震災の時に女性たちが数々の困難を抱えたことなどがあります。
女性たちは子育てをしていたり、介護をしていたり、障害があったり、お年寄りであったりなどさまざまな暮らし方をしています。
そうした方たちから災害を想定した時に抱える不安や心配が数多く寄せられました。
それらをふまえて「女性の視点からみる防災・災害復興に関する提言」をまとめ、各自治体や地域団体などで提言活動を行ってきました。
女性の視点とは、災害時には、女性自身も困難を抱えますが、女性の身近には子どもたちやお年寄り、障害のある方など、災害時に困難を抱える方々がいます。
そうした人々の代弁者にもなりうるという意味で、女性の視点には幅広い視点が含まれていると伝えながら活動してきました。
震災発生以降は、避難所や仮設住宅で、女性に対する支援活動を行ってきました。
また周辺の市町村では、女性たちに聞き取りをして必要な支援につなぐ活動に取り組んできました。
支援を通して、避難所に関するいくつかの課題が見えてきました。
まず、運営リーダーはほとんど男性です。
男性たちも一生懸命力を尽くしてくれているのですが、どうしても女性たちの声が届かない状況がありました。
特に空間についていえば、プライベート空間が確保できないというのは、女性にとってかなりのストレスです。
更衣室、授乳室もありません。
夜中に寝返りを打ったら、隣りに知らない男性が寝ていて、震えあがったという声も聞かれました。
また保育所も介護施設も被災し、閉鎖になり再開しない。
女性たちは、子どもや介護の必要なお年寄りを連れて避難してくる。
しかしケアしてくれる人がいない。
結果、働く女性たちは仕事を辞めざるを得ない。
そこで、私たちの団体では、2011年9月に、被災地で女性たちが、何を体験し、何を考え、どう行動したのかを記録として残すため、宮城県内の女性を対象に『東日本大震災に伴う「震災と女性」に関する調査』を実施し、1500人の方から回答を得ることができました。
調査では、女性たちが抱えた困難を「家族」、「地域」、「仕事」、「健康」各分野について具体的に質問し、洗い出しています。
多くの切実な回答が集まりましたが、一方では、女性たちが困難の中に止まっていたわけではないことも明らかになっています。
6割以上の方々が「被災はしたが、支援者でもあった」と回答しています。
隣近所の安否確認から避難所や仮設住宅での支援に至るまで様々な支援にあたっています。
そして、8割以上の女性たちが、復興計画の策定の議論の場に女性の参画が必要であると答えています。
この震災を経験し、意志決定の場に女性の声を届けなければならないと実感したのです。
では、復興計画にどのような内容をもりこんだらいいかについては、「障害のある人や妊産婦・病人・高齢者・子どもなどのニーズをふまえたサポート体制を整備すべき」:が最も多い回答でした。
女性たちは、家族も含め困難を抱えた人たちのケアにあたり、なんとかこの震災を乗り切りました。
しかし、結果、体調を崩し、仕事も失うという状況を抱えました。
これは、個人的な課題としてではなく社会的課題として取り組んでほしいという女性たちの切実な声です。
ケアを負担するのがいやなのではなく、個人には限界があったということです。
そして2番目に回答が多かったのは、「女性の地域防災リーダー、災害復興アドバイザーを育成し、地域に住む人々の支援体制を実効性のあるものにする」です。
3月11日の午後2時46分、地域には男性は少なく、子育てをしていたり、介護をしていたりなど圧倒的に女性たちが多かったのです。
女性たちが自分たちで地域を守らなければならないと実感した瞬間でもありました。
日常、実際に地域を支えているのはほとんど女性たちです。
しかし、女性たちは、マンパワーとして地域を支えていてもリーダーシップを発揮するところには少ないのが現状です。
災害が起きた時に、しっかりと判断をして地域を守るというパワーが発揮できなかった。
それをふまえって人材育成をしてほしいということです。
私たちは、これらの調査結果を「男女共同参画の視点からみる防災・災害復興対策に関する提言」としてまとめ、全国発信しております。
この提言の基本にあるのは、人権と多様性への配慮です。
今年は、「女性のための防災リーダーの養成講座」を開講しました。
人材を育成し、女性たちがリーダーとして地域で力を発揮できるようなシステムを作って行きたいと考えています。
今は講座を終えた受講生が自分たちの住む地域で避難所ワークショップ等様々な取り組みを行っています。
この養成講座は、毎年継続し人材の蓄積を図っていく予定です。
女性と男性が地域で協力し、責任をもって地域防災に関わることは、多様な方々への支援につながるものと思い、今後も取り組んでいくつもりです。(2013年12月:仙台市民シンポジウム要約)
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これまで届けた救援金
301,661,224円(2014年4月4日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,252,139円(2014年2月28日現在)
ただいまの基金残高
238,331,044円(2013年12月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
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ヒデの救援レポート2014年5月12日№157

5月1日から4日まで、歌で有名な「野崎観音」で、大東市と共催で「人権パネル展示・被災障害者パネル展」を行い、9日には、これも大東市と共催で、大東市総合文化センター「1200名収容のホール」で、「震災を忘れない・生命を守り、つなげるために。咲かそう花を~」をテーマに、歌手のさとう宗幸さん、ゆめ風基金代表理事の牧口さんのトーク&コンサートを開催して、大盛況でした。
ゆめ風基金には、連休はありませんでした。(泣)


●東北関東大震災障害者救援本部特集号№11「自立情報発信基地」からの転載。
連絡先  全国自立生活センター協議会
TEL 042-660-7747 FAX 042-660-7746
「被災地は…今」その5
「毎日が綱渡り・郡信子」(さぽーとセンターぴあ施設長・南相馬市)
今日2月18日、福島市に来ています。
私のいる南相馬市から福島市に行く道は、一つ。
しかしながら、2週連続で降り積もった大雪の影響で、その道は、通行止め。
今朝も、警備の人が立っていて、3年前のあの日が彷彿されました。
関東甲信地方も未だかつてない大雪に道路が渋滞し、身動きが取れない、除雪が追いつかず、孤立、物流の停止、死亡者…テレビの情報しかなく、そこから入ってくる映像は、まるで3年前のよう。
安否確認、炊き出し、物資搬入、救出…。
大雪相手での困難さ。
「もう3年…」と思っていたが、3年経っても、なぜか歯がゆさで心が押しつぶれそうです。
私たちの日常は、「あの日」=「震災」の前か後かで区切られています。
言葉の端々に、「震災前は○○だった。」「震災後に○○になった。」のように。
私の所属するNPO法人さぽーとセンターぴあの就労Bの「ビーンズ」は、利用者さんが倍増して、全国から自主製品の注文を頂き、仲間のみんなは、やりたい仕事をみつけ、仲間や職員との会話を楽しみ、すこぶる明るく穏やかに良い仲間関係が出来ています。
人と人との繋がりの賜物と思います。
生活介護の「ぴーなっつ」は、高齢で一人暮らしや仮設住宅の方等に、身内同様に関わり生活そのものを支える必要性があり、また、親の高齢化、家庭状況の変化により、やはり、生活そのものを支えざるを得ない状況等があります。
相談支援の「そらまめ」も、病気と向き合う人、独居の人、親の健康問題や介護者が増えたことにより本人に手が回らない等の理由で、入所やショートスティ、グループホームなどの相談が増えています。
法人の問題になりますが、職員不足が深刻です。
避難退職し、新人の職員がほとんどでは、特に、障がいの重い方への対応は困難な状況です。
気持ちがあっても、日々苦しくなってきます。
少ない震災前からの職員も経験年数があったわけではなく、「教える」とか「伝える」という役目は大きな負担で、こちらも潰れそうになりながら毎日奮闘してくれています。
南相馬市全体的に、放射能の関係(30キロの線を引かれたことにより)で、子どもさんのいる若い世代は避難し、なかなか戻るには至っていません。
家族が分かれたまま、高齢者がこの地に残っていて、高齢化率はぐっと高くなっています。
そして、そのような方や、病人、障がい者を介護する「働き手」も年齢が高くなっており、その数は依然として少ないままです。
高齢者サービスの建物は建設されていますが、働き手が見つかりません。
あるファミリーレストランのアルバイトの時給がなんと1200円です。
給料を上げてもなかなか見つからないのが現状です。
求人を出していますが、連絡はありません。
このような中で、ますます利用希望者が増え、生活の困難さからさまざまなプラスの支援を求められ応じなくてはいけない現況。
そうしなくては、助かった命がまた脅かされます。
この状況が、いつまで続くのでしょうか?
もちろん、明るい兆しでこのままいけると思ったこともありますが、毎日が綱渡り状態です。
ソチオリンピックで、19歳の羽生結弦選手が「金メダル」を取りました。
強靭な精神力だと思います。
彼も仙台出身で被災者です。
「スケートなんて続けていて良いのだろうか?」と一度は、辞めることも思ったそうです。
でも、続け、たった3年でこれだけ感動を与えるすばらしい成果を遂げました。
「たった3年」で成し得た功績、「もう3年」と思うしかない自分を奮い立たせるのは、やはり、利用者さんの「笑顔」なのでしょう。
この「笑顔」に助けられて、「これから」の年月を重ねていきたいと思います。


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これまで届けた救援金
301,661,224円(2014年4月4日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,252,139円(2014年2月28日現在)
ただいまの基金残高
238,331,044円(2013年12月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
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●東日本大震災救援活動の中のボクの風景
「吾亦紅」と名付けられた植物は、小さな赤い花をつけます。
大輪の紅薔薇のようにではなく、ひっそりと。
大きな声、叫び。
大勢の群集の権利要求、強い権力ではなく、小さく、ひっそりと。
しかし、その大勢の人たちと同じように、わたしにも、赤い血潮がしっかと流れているんだぞと、「われも、また、赤い『吾亦紅』」と咲くのです。
●社会福祉法人「えんぴつの家・機関誌 えんぴつの家だより」№347から転載。
連絡先 TEL(078)252-0109 FAX(078)231-5281
「被災地に仮設住宅がなくなる日を目指して、『いちいちバザール』」を開催し続けます
東日本大震災では高齢者、障がい者、児童などの社会的弱者に大きな被害がおよびました。
阪神淡路大震災の時もそうであったように、特に障害者のなかには所属する事業所の生産商品の販売場所が少なくなったり、販売の機会が奪われたりして、就労を通しての自立の機会を失った方が多くおられます。
こうした障害者の事業所に対して、中央区内の各種地域組織、団体、行政等が連携し、被災地の障害者作業所の製品を販売することによって支援しょうと 、2011年6月に立ち上げたプロジェクトが「いちいちバザール」です。
東日本大震災のあった3月11日を忘れないという思いから、毎月11日に東北被災地の障がい者事業所商品と、中央区内事業所商品の販売バザーを開催し、3年が経ちました。
しかし、東北の被災地ではまだまだ復興にはほど遠く、継続した支援が求められています。
「仮設住宅がなくなる日を目指して」とは、20年前、神戸へ全国から駆けつけてくれたボランティアたちの合い言葉でした。
ちなみに、神戸では「その日」は5年後でした。
「いちいちバザール」はこうした東北への支援だけでなく、私たち神戸市民への防災の呼びかけでもあるのです。
阪神淡路大震災を経験した私たちも新しくよみがえった町で暮らしていると知らず知らずあの体験を忘れていきます。
遠からず起きるといわれる南海トラフ大地震に備え、ますます防災の意識を高めなければなりません。
毎月11日にお互いに確認し合う場、それもまた「いちいちバザール」の役割です。
また、中央区内のイベントにも参加し、広く区民の方々にも呼びかけています。
開催日時および場所:毎月11日 11時~16時
         JR神戸駅山の手地下・サンポルタ広場
主催:中央区自立支援協議会、防災部会
協力団体:デュオこうべ、中央区役所、中央区社会福祉協議会
以上

hide の救援レポート 2014年4月14日№155

●4月12日、チサンホテル新大阪で行われた「法橋さんご苦労さ~ん会」に、ゆめ風基金の牧口代表理事、橘高事務局長、永村理事とhideが参加しました。
法橋さんは、19年前からゆめ風とお付き合いがあり、近畿労働金庫の地域共生推進部の中心であり、ゆめ風と共に、障害者事業所への融資制度「ゆめのタネ」を立ち上げ、東日本大震災に当たっては、復興支援定期預金「サポートV」の利子分をゆめ風基金に寄贈する(年間1千万円規模×10年間)という支援金融も立ち上げられました。
この度、お連れ合いさん(車イス使用)の体調不良で、その介護もあって、1年前倒しして、早期定年退職をされることになったのです。
惜しいひとが、近畿労働金庫から去られます。
ボクたちは、何らかの形でつながり続けていくことを願っています。
法橋さん、本当にご苦労様でした!


●東北関東大震災障害者救援本部特集号№10号からの転載(自立情報発信基地)
連絡先 TEL 042-660-7747
    FAX 042-660-7746
「被災地は今…震災から、2年半が過ぎて」阿部俊介・被災地障がい者センター石巻代表
・私が東日本大震災で被災して、被災地障がい者センターにかかわるようになり、2年半が過ぎました。
この間には色々な事がありました。
様々な方々との出会いと別れなど、今までには経験したことがないような事が沢山ありました。
まさか、自分が地方に行き、講演するなんて、夢にも思いませんでした。
センター石巻を立ち上げから、この2年間を思い起こすと、たくさんの活動や行動をしてきたなと思います。
活動してきた中で一番成功したと思うのは、私達の情報紙「にょっきり!」です。
石巻という場所は、震災前から障がい者が街の中を自ら出歩くということがありませんでした。
それは、街に行ってみたい場所はあるけれど、車椅子で行けるかどうかわからなかったからです。
一般的なタウンガイドみたいな物はあるけれど、車椅子利用者にとってのバリアフリー情報はありません。
行きたい所がバリアフリーとはかけ離れている場合もあります。
そこで私達の出番で、「にょっきり!」は、私達障がい者が自ら取材に行き、街のお店の紹介をし、バリアフリーかどうかのチェックもします。
私達は、バリアフリーの店ばかりは行きません。
わざと、車椅子では無理だと思われる場所に行き、店員やお客さんにお手伝いをお願いします。
それは、私達みたいな人達も来るんだということを店の人や周りの方々にアピールするためです。
その中で、お店の方にご理解をしていただきます。
店を作り直すことはできないけど、障がいがある人も入れるように、配慮してくれたり、お手伝いをして下さると言われた時は嬉しかったです。
石巻の人々は私達障がい者を見たり、接したことがない人達がほとんどです。
そんな石巻で障がい者の存在を知ってもらうには、自分達が外に出てアピールすることが必要だと思います。
バリアフリーな街にするのであれば、やはり障がい者自身が出歩いて存在をアピールすることや、いろいろな人達と話し合いをしたり関わりあいをもつのが必要な事だと私は思います。
「復興するなら、以前の石巻ではなくて、誰もが暮らしやすい街にすること」が私の目標です。
●「不安を抱えながら」宮下三起子・あいえるの会(郡山市)
・3月11日の震災から、2年8ケ月が経とうとしています。
まだ3年過ぎていないんだ、というのが実感です。
被災に合われました皆様には、復興も中々前に進まず、生活しずらいのに申し訳ないと思いますが、何だか昔にそんな事があったなーと思えるくらい、遠い昔の出来事のような感じがあり、日々の生活に流されてしまっているのが現状です。
しかし、その一方で毎日のように放射能のニュースが流れて、本当にこのままで大丈夫なのかと思う気持ちも全くないという事ではありません。
「あいえるの会」は、障がい者の方の地域生活を支援しています。
震災当時は、今後の生活がどのようになるのか不安を抱えながら、また、今後、同じような震災が起きた時に、どのような対応をしていけば良いのかと、6ケ月位職員で話し合いをしてきました。
緊急連絡簿の作成や、防災に関してのマニュアルの作成等を行っていきました。
また、一時的に避難できる場の確保という事で、他県で近くの自立生活センターへの協力依頼等をしていましたが、現在は、正直「同じような災害は起こらない」と思っている人が、多いのではないでしょうか。
本来であれば、もっと今後について話し合いや行動を起こす必要があると思います。
例えば、災害が起きた場合、逃げる手段の確保・人の確保は、今回の震災の時にガソリン不足の事や、1車両に最大でも3台の車いすしか乗らないので、現在のあいえるの会の車両では足りない。
また障がいの無い人も被災にあっているという環境で、介助者不足はかなり大きなダメージを受けます。
避難所に避難出来たとしても、介助者がいなければトイレ等にも行けないという事になります。
この問題は、被災に遭ったから大きくなった問題なのかというと、その事も原因の一つとは思われますが、以前からの課題でもありました。
交通の問題は、障がい者の方が利用しやすい交通機関になっていない事や、車社会なので車がなければ移動が困難となります。
また、介助者不足は震災前からの課題でしたが、他市町村から避難してこられた高齢者・障がい者の方も支援が必要という事で、利用者は増えるが、新しい事業所が増えていないという事もあります。
そのため、どこの事業所も対応が難しいという事で、ヘルパー派遣を断られる事が多々あります。
重度の障がいになればなる程、介助の必要性は大きいです。
今まで、あいえるの会の理念でもある、どんなに重度の障がいがあっても、地域で生活をしていくための活動という事で行ってきましたが、介助者がいないとなると、地域での生活が難しくなるという事になってしまいます。
今後どのように介助者を集めていくのか考えていく事が、今一番重要ですが、中々介助者が集まらない状況です。
被災にあって、本当はやらないといけないという事は、きっと山積みのようになっていると思いますが、現実は日々の事を行うのが精一杯となっています。
また、今の状態では同じような災害が起きても、何一つ改善できていないのでは、と不安もあります。
普段からゆとりが無いと、何か特別な事が起きても対応できません。
障がい者問題はごく一部の人の問題だと思われ、広く伝えていくには時間がかかるように、被災者の問題も、当初は大きく取り上げられていましたが、徐々に被災に遭っている人だけの、自分には関係ない事と思われるようになってきています。
被災地の現状を伝えていく事は大事な事だと思い、今後も活動していきたいと思います。
また、この場をお借りしまして、被災地にご支援頂きました皆様に、深く感謝いたします。
ありがとうございました。


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これまで届けた救援金
301,261,224円(2014年2月28日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,252,139円(2014年2月28日現在)
ただいまの基金残高
238,331,044円(2013年12月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
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ヒデの救援レポート 2014年4月1日№154

●3月29日、大阪市の上本町にある、「たかつガーデン(大阪府教育会館)」にて、ゆめ風基金定期法人総会が開催されました。
ゆめ風ネットワーク15団体、理事役員10名、ネットワーク委任状、計42団体の参加で成立。
役員改選期なので、理事11名中、先日亡くなられた、楠敏雄さんに代わり、「ネットぎふ」の戸田さんが立候補されて、全員信任されました。
任期は、2年で、牧口代表理事とhideの副代表理事も任命され、来年の20周年イベントを担うことになりました。
●30日には、シンポジウム「大災害時における障がい者・移動制約者の実態と取り組みの課題」が、総会と同じ会館で行われ、150名強の参加がありました。
その中で「移動送迎支援基金」の立ち上げが確認されました。


東北関東大震災障害者救援本部特集号№10「自立情報発信基地」より転載。
連絡先 TEL 042-660-7747
    FAX 042-660-7746
●手探りからの2年と3ケ月…岩手県大船渡NPO法人センター123(被災地障がい者センターおおふなと)代表 千葉秀一
・立ち上げ
岩手県沿岸南部の町「大船渡」、サンマとセメントと新沼謙治が特産品の小さな町です。
自宅は流され、車で逃げて高台の娘の家にもう少しという時に津波と遭遇、車を捨てもうだめだと思いながらも逃げ切ることができました。
私は震災前からCILもりおかの職員として障害者の自立支援に携わっており、その経緯から避難所の障がい者・家族の身の回り支援を行っていました。
その活動がセンターいわての一員であるゆめ風基金の理事の目に留まり、大船渡の障害者支援をぜひお願いしたいというお話しになったのです。
通常であれば会うことのない関西のゆめ風基金の理事にお会いしたこと、それが全ての始まりです。
「被災地の障がい者を救っては頂けませんか」と。
しかし、私は被災者の身、ボランティアの経験も全くないため悩みました。
大いに悩んだ末に決意、2011年8月に「被災地障がい者センターおおふなと」を立ち上げました。
妻と二人で。
・手探りからの2年と3ケ月
あの震災後の混乱している状態の中、今何をすれば、どこから聞けばなど不安からのスタートでした。
医療班チーム会議・ボランティア定例ネットワーク会議などに出席し、ニーズの把握に努めている時、医療班チームの主任ドクターの山野目ドクターには送迎支援の強い要望を受け、たくさんの人を紹介いただき勇気をもらったことを思い出します。
被災当初は、物資提供、介助、買い物、見守り、救援物資の受け取り代行、送迎と様々な支援を行いました。
翌年(2012年)からは仮設住宅にほとんどが入居し、物のほうも各方面のボランティア団体の温かい配慮がいきわたり、最低限の環境が整い始めた頃から今のセンターおおふなとの送迎支援というカタチができました。
新しく若い才能のある職員を入れ団体として機能し、この年の4月にNPO法人化しました。
2013年9月までの送迎実績は、人数2007人、回数3462回。
月平均にして、人数88人、回数160回です。
その他の活動として、家族への生活介助と視覚障害・言語障害団体、家族会への送迎とイベントのサポート、それから3年目になる「利用者との交流会バーベキュー」を行います。
また被災地支援として、小さな仮設住宅4~5か所で開催する秋の「みんなでサンマを焼いて食べよう」の会などは非常に好評で喜ばれています。
利用者は支援に対し皆さん感謝し、ありがたがっています。
全国の募金された多くの善意と、ゆめ風基金、東北関東大震災障害者救援本部にかかわるすべての人に対して…
私も支援された人の一人です。
手探りからの2年3ケ月の支援を振り返ると、当初から掲げた「すべてのことをやろうとせず、できることをやる」が負担を軽くし、そして何より、数え切れないくらいの人に支えられて継続できたと思います。
・この先も手探り
今、センターおおふなとは、来年の4月に就労継続支援B型事業所の開所に向け指定申請、作業所建設と大事な時期にいます。
ニーズの多い送迎支援と事業所運営は両立できるのか。
送迎支援の受け皿はなく、中止すれば利用者の気持ちは・・・
自立できなければ認証を受けNPO法人格を得た意味もなくなる・・・など、など、たくさんの超えなければならない坂をひとつずつ…
この先も手探りが続きます。
亡き妻の見えない力に背中を押されながら。
・遠くから応援してくれる皆様へ
被災地のことを「今もまだ」忘れていないことに感謝し、とてもありがたく、大きな励みになっています。
皆様の優しさに対し、少しばかりのお返しと思い、私たちのできることは微力ですが、これからも支援活動していきます。
以上
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これまで届けた救援金
301,261,224円(2014年2月28日現在)
内・東日本大震災救援金総額
255,252,139円(2014年2月28日現在)
ただいまの基金残高
238,331,044円(2013年12月末日現在)
このメールは、東北関東大震災被災障害者救援に関する、被災障害者支援ゆめ風基金副代表理事、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長、バクバクの会事務局員でもある河野秀忠が感じた、各方面の被災障害者救援活動のあれこれの個人的レポートです。
広く知ってもらいたいので、転送自由。
自由にお使いください。
息の長い救援が求められています。
長期戦です。
救援金の送り先は、
郵便振替口座:00980-7-40043 ゆめ風基金です。
とうほくと書いてください。
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●東日本大震災救援活動の中のhideの風景
・社会福祉法人 えんぴつの家機関誌「えんぴつの家だより」№345より転載
 連絡先 TEL 神戸252-0109
・震災の傷痕
1月12日(日)、阪神淡路大震災で甚大な被害を受けた長田区の復興した町を巡る「こうべあいウォーク」に参加した。このウォークは1999年に始まり、毎年この時期に行われていたようだが、私は友人からの年賀状で今年初めて知り、初参加した。
JR鷹取駅の南にある大国公園に集合。
この公園は震災当日火災が発生したこの地域の人々の避難所となったところである。
その後、第1回被災地メーデーを開催した所でもある。
ガイドの人の説明で、公園のクスノキを見上げた。
この樹木が火災からの延焼を食い止めてくれたのだという。
幹の右側半分が黒く焦げている。
これでも随分と新しい樹皮が育ち傷口が目立たなくなったのだという。
そういえば震災の傷痕が神戸の町からほとんど消えていったことに気づかされた。
JR新長田駅の南の国道2号線の地下に焼け残り、今は淡路島に保存されて居る「神戸の壁」の土台石がベンチになって並んでいるのを初めて知った。
この日、カトリックたかとり教会、JR新長田駅周辺、大正筋、旧二葉小学校、六間道、水笠公園、御蔵通と随分歩いた。旧二葉小学校では「震災の企画展」が開催されていたのだが、歩き疲れて入り口のベンチに座って休憩だけした。
美しくなった町、高く聳える高層住宅、せせらぎが流れる公園、クスノキと土台石以外、どこにも震災の傷痕は見当たらなかった。
これで良いのだろうか。
震災はもう神戸では忘れ去られるのではないか。
なんとも言えぬ複雑な気持ちになった。
10日余り経って、近くのコンビニへ弁当を買いにゆく途中で、「震災の企画展を当センター4階でしています」というポスターを見つけた。
当センターとは目の前の「コミスタこうべ」だ。
弁当を買わずに駆け登った。
震災当時を写す数々のパネルの中に、今もなお残っている数少ない震災の傷痕が写されていた。
崩れた港の岸壁、浜手バイパスの座屈した橋脚、地盤沈下で傾いた湊小学校の手洗い場、地盤沈下で一段ずれた東遊園地のフェンス、そして焦げたクスノキ。
傷痕は僅かだがまだあったのだ。
安堵感のような気持ちがわいてきた。
傷痕が見えなくなると震災の忘却や体験の風化が進むのではないかと思えたのだ。
解説の看板を付けてみんなに知ってほしいとも思った。
まだ他にもあるかもしれない、探し出したいとも思った
(松村)
以上