永六輔さんのラジオ番組「永六輔の誰かとどこかで」

 「ラジオで永六輔さんの放送を聞いたんですけど」と、ひっきりなしに電話がかかってきます。
 28日から30までの3日間、「永六輔の誰かとどこかで」で、永六輔さんがゆめ風基金のことを紹介してくださっているからです。この番組は午前11時35分から12時までなんですが、昨日も今日も放送が終わったとたん、事務所の電話が一斉に鳴り始めるでした。
 たしかにツイッターなどの新しいメディアのちからにはめざましいものがありますが、ラジオもまた、古くて新しいネットワークメディアであることを実感します。永さんのこの番組は1967年に「どこか遠くへ」という番組名で始まり、2年後に今の題名になって現在まで続く長寿番組で、昔からのリスナーも最近のリスナーもこの番組を通じてとても深くつながっているのだと思います。
 そういえば、ゆめ風基金のイベントに道上洋三さんが出演された時、阪神淡路大震災のお話をされていました。 淡路島で救助隊が全壊した家の前を通るとラジオの音が聞えてくるので瓦礫をのけると、おばあちゃんが見つかり、救助されたそうです。そのおばあちゃんが「私の命の恩人は道上さんや」と言ったそうです。「ラジオがなかったら自分は助からなかった。ラジオの音がしてたから自分は助かったんや」と。「子供は名古屋と東京に一人ずつおるけど、全然電話もつながらないし、どうにもならんかった。ラジオが私を助けてくれたんや」と。そして最後にひと言、「こういうときはあれやね、遠くの親戚より近くのラジオやねぇ!」って言ってくれたそうです。
 たしかにテレビが登場して以来、ラジオの役割はパブリックなものからパーソナルなものにかわり、切実な肉声を伝えるメディアなのだと思います。そう考えると、ツイッターやフェイスブックなどのコミュニケーションツールは、どこかラジオと似たところがあるのかも知れません。
 いま、被災地でラジオが大切なものであることはまちがいないと思います。そして、ラジオから聞こえてくる歌が少しは被災地の人びとをなぐさめ、永さんの語りがひとびとを勇気づけていることが、電話が鳴り響く事務所に伝わってきます。永さんの作詞による「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」が被災地のラジオから聞こえてくるようです。

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