【熊本地震】被災地からのお便り~第4弾

★被災地の会員さんたちに、地震後の様子をお伺いしていました。
近くに障害があるかたがいらっしゃらないか、なども併せて葉書をお送りしました。
またたくさんの返信を頂きました。
そのご紹介、4回目です。
●この度の熊本地震につき、私どもまでお心遣い頂き、恐縮いたしております。お返事が遅れまして申し訳ございません。
当地は何事もなく翌日のニュースで驚いた次第でございます。
聞くほどに知るほどにまことに筆舌につくせぬ大変なことで、何のお力添えもできぬ無力の自分が申し訳ない気持でいっぱいでございます。
私も、ここしばらく年齢による体力の衰えで元気のない暮らしをしており、1月おきにわずかばかりお送りしているのも滞っております。まだまだ先の見えない暮らしをなさっている多くの方々のことを想えば弱音を吐いてはいられません。
まことにご面倒ながら振り込み用紙をお送りいただきたくお願い申し上げます。
無力ながら性根のある間はせめてこれだけはと思っております。右はお願いまで。最後にゆめ風基金役員事務局のご一同様のいついつまでもの御清祥をお祈りいたします。
草々
●ありがとうございます。ハガキとても嬉しかったです。
地震については、私のところはたいしたことはなく、棚から物が落ちた程度で済みました。
困っているのは、私がうつになってしまい、生活が身動きが取れなくなってしまったことです。
夫婦と娘の3人暮らしで、仕事と家事と介護(支援区分5)を続けてきましたが、今は1日1日をやっと過ごしている状態です。
在宅サービスを目いっぱい利用して、人にも恵まれ、安定した生活を営んでいましたが、うつになって1ケ月半、それがガラガラと崩れてしまいました。
この先どうしたらいいのか悩んでいます。(5/9 少しずつ目鼻を付けてきたところです。)
⇒センターくまもとにつなぎ、訪問してもらいます。
●御心配いただきありがとうございます。
幸い長崎地区は被害もほとんどなく、日常と変わらぬ現状です。
不在にしておりまして、お返事が遅くなって申し訳ございません。
熊本・大分の被災地の方々がいつ日も早く安心できる日常に戻れますこと、お祈りいたします。
●宮崎市在住のため、私自身や身内の方には直接の被害はありませんでした。
ありがとうございます。
(5年前の小室さん父娘、谷川俊太郎さんの宮崎コンサートでゆめ風を知り、ご支援させていただいております。
知り合いが熊本に震災支援に行っております。支援が必要な状況がわかりましたらすぐにお伝えいたします。
●熊本地震に心寄せていただきありがとうございます。ありがとうございます。
ここ球磨郡は震源地と少し離れていますので、直接の被害は今のところありません。
こちらでも震度5の揺れの時には恐怖を感じました。今、通常の生活ができていますが、いつひどい揺れがくるかと気になります。
●鹿児島市内では特に被害もなく、強い揺れを感じただけでした。それでも、あまりないことだったので災害への備えを改めて意識しました。
特別支援学校に通う重度の医療的ケアの小学生が地震以降、嘔吐を繰り返すようになりました。
また、知的障害の中学生は動揺が止まらず、母親が教室に付き添っています。(地震以降、ずっと付き添っておられます。)
上記2例は知人の子どもさんの症状です。(わが子も障害者ですが、影響はありませんでした。)
お返事が遅くなりました。申し訳ありません。
●幸い私たちの地域では特に被害はありませんでした。
こういった安否を心配してくださいまして本当にありがたいことだと感じています。こころより感謝申し上げます。
数回、地震の揺れを感じた程度でしたが、障がいのある子供たちは必要以上に不安が強くなり眠れなかったと聞いています。
ニュースにはなかなか出てきませんが、特別に配慮が必要な方への支援、日ごろから考えておかねばならない課題ですね
●熊本の皆さんには心からのお見舞いを申し上げます。
おかげさまで宮崎は大した被害はありませんでした。
●ご心配くださりありがとうございます。
今、宇佐の方はいつもの生活をしております。特に困りごとはないです。今のところ、(地震に対する不安はあります。)
私の知る範囲では特に変わりはないと思います。
●鹿児島は被害はありませんでした。ご配慮ありがとうございます。
●2週間が過ぎ、少しほっとしています。3日ほど前にやっと待っていた水が来て有難さを感じている所です。
マンション住まいですが、外観もあちこち日々が入って、タイルも落ちている部分が目につき心配になります。余震がまだまだあり、もしかしてまた大きなものがくるのではとすべて床に下ろしたままの状態で暮らしています。
(障害者の) ご様子はわかりません。
●本当にお心遣いありがとうございます。このような地震は初めての経験で、とても怖い思いはしましたが、こちらは大丈夫です。
私が知っている熊本(天草)の施設の方もかなり揺れが怖かったけど、(現在も余震はあるとのこと)被害はなく、日常生活もスムーズにまわっているときのことでした。まだ収束宣言がでていませんので。
いつわが身か、の不安はありますが、不自由されている方々のことを忘れないように生活していきたいと思っています。
●ありがとうございます。
わたしの住む町では人的被害はありませんでした。(14日の21時に震度4、16日の1時に震度5強でした。
私の家の一帯、20世帯くらいでしょうか、これが町内で最も被害が出ました。
我が家の敷地内は地割れ起き、応急判定で「危険」の赤紙が張られました。
実は増築した二階部分が傾いており、16日からずっと避難所暮らしです。
幸い、家族と犬一匹、全員無事で怪我もありません。
しかし、高齢の母の体調不良が続いています。
14日から1週間終わりまでの間、本当に余震が多く、しかも大きな揺れです。
今は余震も回数が減りましたが、今一番必要なのは安心して眠れる家です。
被害のひどかったところにお一人、目の不自由な方がいらっしゃいます。
わたしの近所ではないので様子を見に行くことはできませんが、人づてに目がお悪いので避難所にはいっていない、とのことです。その方のお宅が一番家の破壊が激しいらしいです。ご家族様と一緒に住んでおられたので、ご無事ではいらっしゃいます。
また、もうお一人、知的障害の方がいらっしゃるお宅は一旦避難されたものの「本人にここ(避難所)は無理」と、ご家族がおっしゃって出て行かれました。何日か車内泊をされたようです。
わたしの近所の方ですが、幸い、住まいの破壊はないようで、ご家族皆で自宅に暮らしているそうです。
途切れながらの送金でしたのに、私にまで連絡を下さって本当にうれしくて涙が出ました。町内のほとんどの方には被害はなく、皆が日常に戻っている中で、私を含めたごく一部が取り残されているような心持ちのもの、お便り本当にありがたいです。当事者になってみなければ本当にわからないことですね。町内外の沢山の方に助けていただいています。今回の地震で、人間にとって一番大切なことが何かがわかった気がします。
これからの自分の生き方に、行動に、ぶれない軸を授かった気がします。
●ご連絡ありがとうございます。
幸いにもここ島原は大きな被害は今のところありません。
しかし、今日(4/28)は有明海が震源の地震があり、今後の動きが少し心配です。
なにせ島原半島は断層だらけですから。また普賢岳の崩落も確認されていますが、被害は出ていません。
友人が熊本の方に炊き出しに行くので、その時の野菜を提供して協力しております。現金の支援は絶対「ゆめ風基金」へと決めておりますので、振込用紙をお願いいたします。いつも通信を送っていただきありがとうございます。深謝
●お気遣いありがとうございます。
震源地から遠く離れているので何の被害もありません。被災された皆様に一日でも早く心の平穏が訪れるようお祈りしています。
●昨年の台風で壊れた屋根がまたまた・・・。
そして壁板や張り物等がヒビや落下しました。でも軽いものです。
それでも恐怖心が残っています。ガクッと家鳴りするたびにビクッとします。
閉店が数日あって、その後、ランチに行き、働く彼女たちの笑顔に私もほっとしました。
●お気遣いありがとうございます。2、3度怖い思いをしましたが、熊本の人々に比べるとなんでもありません。
そちらにもご無沙汰いたしまして申し訳ございません。しばらくは、熊本の方へ眼を向けていくつもりです。
皆様もお体大切にお過ごしくださいませ。
おかげさまで不自由なく生活いたしております。
ありがとうございます。
●第一日目の夜、家ごと揺れにびっくりしましたが、熊本の被害にびっくりしました。他に変わったことはありませんでした。
ありがとうございます。
パーキンソン病の治療中で75才です。頑張りたいと思います。
熊本の復興が少しでも早くすすみますよう祈ります。
ボランティア、支援してくださる方々、お体大切になさってください。
●御心配いただきありがとうございます。当施設は大分県西部にあり、最初の地震の際は大きく揺れはしましたが、特に建物被害及び利用者にも怪我等もございません。
こちらは大丈夫です。ご安心ください。
大分県中部には被害があるようですが、熊本の方が甚大な被害を受けており、これから支援を行っていく予定です。
●78歳、難聴・杖歩行
ゆめ風基金から震災の様子をおたずねいただき、とても嬉しかったです。
子ども時代の戦災から始まって、いろんな災害を経験してきましたが、震災は初めて。
それでも私自身は、身体も住む所も無事。お見舞い状に感謝。
震災から2週間が過ぎました。
車に乗らない、携帯持たないという一人暮らしのわたしには、世間のことと知らないことばかりですが、停電、断水がいつまで続くやらという時期、本当に不安でした。
給水所が、私の場合、割に近かったのですが、それにしても必要な水を運ぶというだけで大変なこと、でもたくさんの人が弱者のために頑張ってくださいました。
今は電気も水も復旧して、少しずつ平常に戻りつつありますが、まだ、かなり強い余震に脅かされています。
阪神淡路、東日本の時、やはり自分自身の問題ととらえていなかったなあとわが身を恥じています。
●お忙しい中、私の方にまでお気遣いいただきありがとうございます。おかげさまで私の方はアパートの四階で揺れにはびっくりしましたが、被害は何もありませんでした。
熊本の方々のテレビを見て心を痛めております。
ありがとうございました。
ご自愛くださいますよう。
私の知っている方々は皆、いつもと変わらぬ生活をしております。
ありがとうございます。
●ありがとうございます。大分市内は大丈夫です。長く会費を納めていませんのに申し訳ありません。本人は87歳になりますが、元気にしております。(というほどでもありません。) 要介護2。目が見えなくなりました。別便にて少し送ります。
全介護、呼吸器の方が近くの県立病院に避難しようとtelしたら、カルテがないからと断られ、少し距離のある医大まで。
この電子カルテの時代に何という断り方だろうかと思いました。
ところが26歳なので、かねてより受診している医大小児科では年齢制限もあるのか、小児が優先ということで5日間くらいで退院となりました。
帰り着いたら冷蔵庫がこわれていて、あれこれと大変だったようです。
しかし言ってみれば、この一時避難をしたことでも親御さんも病院もいろいろなことを考えるきっかけになったようです。
近くにおりながら、無力な自分を感じつつですが、県に言ったり、各病院の連携を呼びかけたりしたいです。
皆様の貴重な貴重な、そして辛い体験をお聞かせいただき、ありがたく思います。
一言一言をしっかりと肝に銘じ、日々、皆様と一緒に歩んでまいりたいと考えています。
(な)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です