箕面の新居良さん、石原礼さんの現地報告

新居良さん、石原礼さん
 6月28日、箕面の豊能障害者労働センターの新居良さん、石原礼さんの宮城での支援活動の報告会がありました。
 石原さんは6月7日から6月12日まで、新居さんは6月13日から6月17日まで仙台の被災地障がい者センターみやぎ(CILたすけっと)の支援活動に参加されました。
 報告では、震災から3ヶ月がたち、よくも悪くも一定の時間の経過が落ち着きをもたらし、ボランティアの役割がかわってきたりすることで一部で混乱もあったそうです。阪神淡路大震災の時もそれ以後のいくつもの災害の時でも、発生直後の支援活動はみんなが必死で、そのことでかえって結束力もおのずと高まるのですが、一定の時間がたつと被災状況も、まだ安否確認をしている場合から、すで仮設住宅での生活をサポートする場合まで、より支援の幅が広がっていきます。さらに、今回の場合は被災地があまりにも広く、その上、福島ではいつおさまるか検討もつかない原発をかかえ、一部には全県避難もいわれるほどの困難な状況にあります。
 そのため、より幅のある支援活動をボランティアに求めざるを得ない現地の苦しい事情がうかがえました。
 そのなかでも、前任者からひきついだ障害者のお宅を訪ねると、すでにかなり思い病気にかかっておられて、玄関に出てくるのもやっとの状態でしたが、それでも一度目は遠く大阪から来たボランティアを気づかってくれながら、話を聞くことができたのですが、2度目のときは「もう帰ってくれ」と会ってくれなかったそうです。あのひとがいまどうなっているのか心配です。(石原)
 
「情報が集まる仮設住宅とそうでない仮設住宅の差が大きい。」
「今はボランティアが来てくれるが、あと一ヶ月もすれば仮設のことは忘れられると思う。」
 名取市のみのり園をたずねると「ゆめ風さんには、話を聞いてほしい」と、窮状を話してくださいました。
「ここは、90名ほどの障害者の生活支援、就労支援の場ですが、被災後、同建物で活動中の障害当事者が日中活動の場を失い、緊急の活動場所確保が必要となり、宮城農業共済会の旧家畜診療所を無償で借り受けました。ところが4月7日の余震により、この建物がまた被害にあい、その修復と障害者対応の改築の費用に困っています。さまざまな助成団体に支援要請を出したのですが、本来の場所の復旧ではなく緊急の活動の場所であることや、そこが借り受けたもので返却する見込みであることなどで、ことごとく断られてしまいました。ゆめ風さんが頼みの綱です」。
 この依頼をうけて、支援センターで話したところ、ゆめ風基金から支援金が出る見込みだと聞きました。(新居)
(注*本日6月29日、みのり園に375万円をおとどけしました。)
 また、新居さんはその後共同連とともに、共同連宮城大会を支えた各障害者団体の被害の様子を見て回りました。個別の障害者の支援活動と平行して、障害者の生活拠点や生産拠点の復興もまた、とても時間がかかることだと思いました。
 けれども、これを機会に東北の障害者団体とも新しいネットワークを結んでいくように活動したいという話でした。
 新しいプロジェクトとして、障害者当事者によるボランティア活動がはじまります。被災障害者の心の奥の奥を受け止めるのは、障害者自身ではないのかと、被災地の障害者の発案で、すでに被災地に先遣チームが入り込んでいます。
 今後はこの活動の中から新しいニーズが掘り起こされるように、全国の障害者団体のより強いネッワークを必要とすることを、あらためて確認しました。

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