~大震災の現場から感じたこと~ そうそうの杜の現地報告集

 社会福祉法人そうそうの杜から、被災地の障害者支援ボランティアの体験報告集(機関紙第27号)が届きました。そうそうの杜はゆめ風基金の避難所調査に協力していただいたことがありますが、今回の地震発生後、支援ボランティアの派遣を決め、希望者を募り4月14日の第一次派遣から現在まで継続的に2、3名のスタッフが支援活動に参加されています。
 
 今回届いた報告集では震災後一ヶ月で生々しい傷跡が残った被災地で、障害があるためにより理不尽な困難の中で身をかたくする障害者の現実が報告されています。
 ある所では、「ゆめ風基金さんにお願いするようなニーズはありません」といわれたり、「ここには障害者はいません」といわれたりするところから粘り強く呼びかけ、個別のニーズに対応した支援活動を広げていったことが報告されています。また、現地の支援活動の母体「CILたすけっと」のみなさんの献身的な活動と人柄に敬服されたこととともに、現地のスタッフがたおれてしまわないかと、とても心配されています。
 今後、このことについても現地のスタッフの議論を待ち、必要な支援を考えなければならないと思っています。
 この報告集をごらんになりたい方は、リンクしましたそうそうの杜のホームページからダウンロードできます。
トップページからメニュー「機関紙・想創奏」をクリックし、「第27号」をクリックしてください。
(マイクロソフト・ワード文書)
 報告集から一部を転載させていただきます。
~大震災の現場から感じたこと~
 人は日常から引き裂かれるほどの大きな出来事に遭遇した時、何が現実で現実でないかわからない精神の状態に置かれるのであろう。それは直接その出来事に遭遇したのではなくても、今回の震災跡(それでもかなりがれきも片付いた跡)を見るだけで同じ感覚に陥るほどであった。ならば直接この震災を体験し、津波で全てを失くし、全てが無くなった町を見ている被災した人たちの心は、どうすれば回復できるのか、手立てはあるのか、途方にくれる。
 日常性の断絶から回復するための個々人の立て直しと、社会の立て直しの二つの側面にどんな「支援」が存在するのかを考えさせられる。
 
  今回は、ゆめ風基金のボランティアとして障害のある人の支援にあたる。現地調査の結果、特に知的障害のある人は避難所にはいないというか入れない。そのため家にいれる人は自宅か親戚の家に本人だけを預けるか、一旦施設に預けるかしている様子があった。中には自閉症の子どものいる家庭が避難所にいて、うるさいことを理由に別室に行くように言われ、周りと孤立してしまっている状況もあった。しかし、こうして見える障害者はまだ支援の手立てがあるが、地域の特性から、見えない障害者が多い。
  もともと障害福祉サービス利用者が少ないのである。南三陸にあたっては、知的障害者の移動支援利用、居宅介護利用とも0人、作業所は一つだけで17名の利用のみで、精神の障害サービスとも大きな法人1箇所が全てを担っている。情報としては1000人の障害手帳交付があったそうだが、こうしたことからもいかに障害サービスを受けている人が少ないかがわかる。そして今回は行政機能も全て流され、書類も残されていない状況の中で、要援護者リストどころか、特別な支援を必要とする人たちが完全に見えなくなってしまっていた。また大きな法人1箇所が力を持ってしまっているので、支援が完結してしまっているかのような動きになる。
  そうした現状から今「個々」に必要なこと、これからの「個々」「地域」のために必要なことは、地域の人とつながって、困っている人がいないかを丁寧に拾い上げていき、支援につなげていく。そして今後の地域を、地域の人達の手で作ることのできるバックアップをしていくことが必要である。こういう時はせめて運動団体や障害種別の枠を超えて連携して欲しいと強く思う。(現状は腹立たしいほどに連携ができない。悲しい程)
  
 私たちが生活している所でしなければならないことは、障害のある人や高齢者が埋もれてしまわないように、福祉避難所の設置は急務である。また要援護者リストの作成と災害時のリスト開示方法を地域の中で確立していくことは必須であることを認識できた。
 普段から垣根をなくした地域を作っておくことが障害のある人もない人も救うことになる。地域を守ることになる。
 日常性の断絶から回復するために、地域を作り、一人一人の世界が崩れないように支えていくこと・・・・・・それしか今は考えられない。
そうそうの杜のホームページ

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