特定非営利活動法人 ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だよりNo.90 | 2020/1/25発行

阪神淡路大震災から25年障害者のくらしは良くなったか?被災障害者支援のすそ野をさらに広げよう!

理事・元大阪障害者救援本部事務局 永村 實子

2020年は阪神淡路大震災から25年、神戸や被災した地域は障害者にとって震災前より良くなっただろうか? 神戸の被災地障害者センターで中心的に活動していた故大賀重太郎さんの口癖は「復興するんやない! 震災前よりよくするんや!」だった。実際、震災前から社会と交わることも無く孤立し、当然福祉とも無縁の厳しい生活がそこここにあって、震災を機に障害者の24時間にかかわる様々な問題が噴出した。
震災から1年後、「障害者の暮らしの再生は見えてきたか?」と題してシンポジウムを行った。そこで被災障害者から、「この1年、人の温かさをたくさん、人の冷たさをたくさん経験しました」と避難所等での体験が語られた。災害時、みんなが途方に暮れ、悲しみ・苦しみ、心の余裕もあるはずもなく、そんな時って、普段なら決して出ないような打撃的な一言が露骨に発せられたりするのだろう。逆に、気遣いのほんのひと言、思いやりの対応はずっと心に残っていくのだなあ、と思いながら聞いていた。
一方、自らも被災しながら、炊き出し等で他の被災者の支援に奮闘した障害者たちの熱き想いと底力、その姿は、「守られるだけの存在」じゃない、「こんな時はお互い様」的なごく自然な関係性の主体たりうること、そんなことを示していたと思う。
大震災当時、テレビに映し出される神戸の様子に驚愕、通信も交通も寸断され、なすすべもなくやきもきしていたところに、翌日、姫路から「サバイバルです!」とFAXが届く。(当時はFAXが最も連絡が取れた)その日から姫路と大阪で情報をやり取りしながら安否確認と情報発信が開始された。
4日後の21日には「障害者救援本部」が設立され、本格的な救援支援活動を開始していく。大阪・関西・全国の障害者団体が意見の違いや立場、組織の大小にかかわりなく「被災障害者支援」で連携し、そのネットワークは拡大していった。FAX通信網も200ヶ所以上、さらに枝分かれしていく。
NHKで電話番号が流されると、そこからは電話が鳴りやむことはなく、ほとんどが「神戸に行って何とか手助けしたい」というボランティア志願の人たちだった。しかしこちらも情報を求めている状態で派遣先など指示できるはずもなかった。ボランティア志願の電話により、避難途中で連絡が途絶えた仲間からの受信が妨げられたこともあった(後に無事到着)。
大阪市も私たちの要請に素早く応え早川福祉会館を障害者の避難所として提供してくれた。避難所での介助等のボランティアは延べ500人を超えた。これらの人々の行動は「何とかしたい、助けになりたい」という人としての自然な思いによるものだと思う。その意味で世の中捨てたもんじゃない!
あれから25年たった今も、相次ぐ自然災害で多くの障害者が被災し、その度に避難所さえ行けずに車中泊したり、食事を貰い損ねたり、避難所にいることを迷惑がられたり、支援を後回しにされるという話をよく聞く。「みんなが被災しているんだから」と我慢して何とかやり過ごしても、時間の経過と共にさまざまな深刻な状況が出てくる、大災害のときはいつもそう。だから被災地からのSOS発信に応えられるよう、阪神淡路大震災までの障害者運動のネットワーク、それから25年の被災障害者支援のネットワークを、いざと言う時の双方向のパワーに変えて取り組んでいければと思う。
社会や福祉制度、情報の受発信技術も飛躍的に進化した今日、それでもいざ大災害のときに障害者や「災害弱者」と言われる人びとが取り残されることのないよう、小さい地域単位に「ゆめ風ネット」の拠点が生まれて、共に手を携えていければと願う。

大震災の翌年1月16日、17日。「いやしと点検」大いどう(被災者への癒やしの必要性と、障害あるなしかかわらず、老いも若きも共にくらせる街をつくろうと行進した)

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