特定非営利活動法人 ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だよりNo.88 | 2019/9/12発行

か弱い「裸のサル」だからこそ

理事 小林 敏昭

「イースト・サイド・ストーリー」というのをご存知だろうか。団塊の世代なら、ナタリー・ウッドやジョージ・チャキリスがバーンスタインの名曲に乗せて歌うミュージカル『ウェスト・サイド・ストーリー』を懐かしく思い出すだろう。それをもじったものだ。アフリカ大陸の東部に、南北7千㎞にわたって大地溝帯と呼ばれる大地の裂け目がある。地球内部のマントルの対流が作り出すもので、今でも年に2~3㎜ずつ裂け目が拡がっているというから、いずれ(と言ってもずい分先だが)アフリカ大陸は二つに分かれることになる。
この大地溝帯が数百万年前に姿を現した時、隆起した山々に偏西風がぶつかって西側には多量の雨が降って森が拡がり、東側は乾燥してサバンナ地帯になった。たまたまその東側に取り残された類人猿が私たち人類の祖先だというのが「イースト・サイド・ストーリー」だ。サバンナには樹木がなく強烈な日光を遮るものがない。そんな環境に適応するために祖先たちは直立二足歩行を始めたというわけだ。よくできた仮説で、一時はとても人気があった。
ところが、である。2001年にアフリカ中部のチャド共和国の古い地層から人類化石が発見された。ほぼ7百万年前のもので、現在のところ最古の人類化石である。問題は、この化石が発見されたのが大地溝帯の西側だったことだ。しかも一緒に発見された動物などの化石を調べると、そこは鬱蒼とした森ではなくて川や草原もある疎林だったらしい。「イースト・サイド・ストーリー」はその前提である大規模な気候変動もろとも瓦解したのである。
ではなぜ人類の祖先は、安全で木の実などの食べ物が豊富な森を出たのか。更科功著の『絶滅の人類史』(NHK出版)によると、7百万年前ころのアフリカは乾燥化が進んで森林が減少し食料も限られてきていた。「木登りが上手い個体がエサを食べてしまうので、木登りが下手な個体は腹が空いて仕方がない。そうなると、木登りが下手な個体は、森林から出ていくしかない。そして、疎林や草原に追い出された個体のほとんどは、死んでしまったことだろう」(62頁)。不器用で力の弱い私たちの祖先は森から追い出され、ある者は肉食獣の餌食になり、ある者は飢え死にした。その中で何とか生き残った一握りの祖先のおかげで今の私たちがある。まさに九死に一生スペシャルである。

では、なぜ生き残ることができたのか。それは一言で言えば、集団の力だと考えられる。非力な「裸のサル」(動物学者デズモンド・モリスの著書名、毛皮を失ったサル=「ヒト」を指す)は徒党を組み、食べ物が少なく危険も多い草原で協力して獲物を捕らえ、それを家族や仲間のもとに運ぶ。直立二足歩行だと走るのが遅いので、いったん肉食獣に襲われたら逃げきるのは容易でない。それでも二足歩行を選んだのは、自由になった両手で愛する者のもとに食料を運ぶためだったという食糧運搬仮説が有力らしい。そうして他の類人猿とは比較にならないくらい大きな集団を作り社会を形成することができた。
その大きな集団や社会を維持するためにはいろいろな力が必要だが、中でも重要なのが相手の気持ちを察し共感する力だ。想像力や共感力は時に将来への絶望や他者への憎悪につながることもあるが、それらの力に支えられて私たちは社会の様々なシステムを作り、多くの矛盾をはらみながらではあるが、これまで生命をつなぐことができた。ところが今、歴史は逆流を始めている。異質な者への差別や排除が蔓延し、自己責任や自助努力が声高に叫ばれ、人びとは„孤立〝の部屋に閉じ込められようとしている。か弱い「裸のサル」が社会から切り離され、協同性を失ったらもはや生命をつなぐことはできない。そのことを肝に銘じたい。

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