特定非営利活動法人 ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だよりNo.86

テスト大きな被害を受けた札幌市東区の障害福祉サービス事業所の建物

リレー・エッセイ 災害と障害者 第60回命を守るために

地震発生

2018年9月6日午前3時7分。枕元に置いてある携帯電話の緊急地震速報アラームがけたたましく鳴り、心臓が飛び出そうなほど驚いた。「何!? 何!?」と事態を把握できないまま、すぐに大きな揺れがやってきた。地震が来たんだ、そう理解した途端、心臓がぎゅうっとなり全身が恐怖に包まれる。5メートルほど離れた場所で寝ていたヘルパーが飛び起きて、「大丈夫!?」と大声で叫びながら駆けつけ、すぐに人工呼吸器と私を支えてくれた。この日の夜勤者は、若いがしっかり者のヘルパーYちゃん。あれほど慌てた彼女の声を聞いたのは初めてだった。
北海道胆振東部地震。マグニチュード6.7、最大震度7の巨大地震が北海道を襲った。私が住んでいる札幌市も場所によっては大きな被害が出たが、私の居住区は震度5程で、幸いにも我が家は小物が落ちたくらいで済んだ。
近所に住む実家の母も駆けつけてくれて、皆でテレビのニュースを見ていると、まもなくして部屋中の明かりとテレビが消えた。同時に人工呼吸器と酸素濃縮器のアラーム音が鳴る。恐れていた停電だ。

停電への対処

人工呼吸器は自動的にバッテリー駆動に切り替わるが、酸素濃縮器にはバッテリーが内蔵されておらず、懐中電灯で照らしながら酸素ボンベに付け替えなくてはならなかった。節約のため、酸素の流量を少しだけ下げてボンベを使った。気管切開で、24時間人工呼吸器と酸素、痰吸引を必要とする私は、電気の有無が命に直結する。人工呼吸器のバッテリーと酸素ボンベ共に、もって半日程度だった。
日頃から、ヘルパー事業所2か所・在宅診療・訪問看護を利用していて、安否確認の連絡で携帯電話が何度も鳴り続いた。市内に住む姉と、出張で東京に行っていた父からも何度も連絡が来た。あっという間に時間が過ぎて日が昇る。
土木関係の仕事を営む父の会社が近所にあるのだが、そこに工事で使う発電機があるという。いざとなったら使えるようにと、父の代わりに、姉や社員が会社で待機してくれていた。しかし、これまで一度も発電機を試してみたことはなく、医療機器に接続しても問題ないのか大きな不安があった。特に人工呼吸器。私の場合、自分の体に合う機器がわずかしかない。もしここで人工呼吸器にトラブルが生じたらと思うと、どうしても発電機の使用に踏み切れなかった。

電源確保に向けて

朝9時頃に訪問看護師さんから電話があり、火力発電所が止まっているため停電が長引きそうだとの知らせを受けた。普段は、基本的には訪問医に診てもらい、入院や検査が必要なときはかかりつけの総合病院に行く。その病院で、人工呼吸器ユーザーの受け入れをしているとのことだった。人工呼吸器の業者さんとも連絡がとれ、バッテリーはもちろん、酸素ボンベの供給も今は厳しいと説明された。
すぐに訪問医を通して、電源確保のための入院の手続きを進めてもらった。受け入れ可能との連絡を受け、入院の準備をして、母・ヘルパーと共に車で病院に向かった。有事にも関わらず、通常通りに日勤のヘルパーが来てくれて、とても頼もしかった。病院までの道のり、車の窓越しに見る外は停電によって信号機がほぼ全て消えていた。道路が陥没しているわけでも、建物が倒壊しているわけでもない。信号機がついていないだけ。それでも十分なほど恐ろしく、被害の大きかったところでは、いったいどれほどの恐ろしさだっただろう。
病院に着いたのは昼頃で、1階のロビーでスタッフがトリアージ*を行っていた。事前に連絡してもらっていたはずだが、飛び入りの人工呼吸器患者が来たという扱いになってしまい、現場の混乱が見てとれた。病棟の4人部屋に入り、電源と酸素を確保し、これでようやく安心できた。落ち着いたのは昼過ぎ。地震が起きてから、約10時間後のことだった。
道内全域に渡る大規模停電、いわゆるブラックアウトは、約2日間でほぼ解消したが、場所によっては土砂などの影響で復旧まで約1ヶ月を要したという。札幌でも地区によって多少の時間差が出たが、私の自宅付近は入院した日の夜、時間にして約16時間後に停電が解消された。翌日7日の午前中には自宅に戻ってくることができた。

命を守るために

東日本大震災が起きた時、熊本地震が起きた時、いつか自分も被災者になるかもしれないと思ったのに、結局、十分な備えをしてこなかった。結果、命を守るために私がとった行動は、病院に避難することであった。
もしも道路が寸断されたら。もしも外が吹雪だったら。もしも病院で受け入れができなかったら…。今回の地震では、発電機を使用したことにより一酸化炭素中毒で死亡するという痛ましい事故も起こった。あらゆることを想定し、その時にどう動けばよいか、これから福祉と医療連携で対策を考えていく。
私は重度身体障害者で、災害時に自力でどうにかできることなど正直いって無いに等しい。しかしそれを自覚して、最大限の準備をするとしないでは全く違う結果になるだろう。
命を守るために、できることは何でもしたい。

三田村(みたむら)亜依(あい)

1985年生まれ。北海道札幌市在住。先天性筋ジストロフィー症、気管切開で24時間酸素と人工呼吸器を必要とし、介助者の支援のもと在宅生活を送る。NPO法人「手と手」で就労支援制度を利用した在宅就労を行う。また、DPI北海道ブロック会議理事を務める。最近では、イラスト制作の仕事も請け負っている。

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