特定非営利活動法人 ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だよりNo.85 / 2018/12/1発行

「マインド作業所の2階に避難していた当事者がひざまで浸かりながら窓辺で撮ったもの」

リレー・エッセイ 災害と障害者 第59回まちから人がいなくなった…
私たちだけが助かっても意味がない!

私たちNPO法人岡山マインド「こころ」は「精神障害」といわれる生きづらさを抱えた仲間たちが20名、正会員の三分の二を占める自分たちの会社です。隠さずまちに出る、無いものは自分たちで作る。こうしてグループホームをまちの中に普通に23部屋展開し、地ビール醸造所は独自の補助金なしの事業としてJRの特別列車に採用されたり、G7教育大臣会合レセプションに採用されたり、地元から大切にしていただいてきました。地ビールの原料の麦芽を製造する西日本初の製麦プラントを備えた地域活動支援センターIII型「マインド作業所」を2017年5月に整備し、新たなまちづくりの展開を準備していました。お年寄りの家に弁当の宅配をしたり、「マインド親子クラブ」を若いママたちとしたり、まちに土着しながら「お互いさま」「ありがとう」を言い合えるまちづくりをしてきました。
そんなまちになってきた…2018年7月7日(土)、私たちが暮らす倉敷市真備町は泥水に沈みました。死者52名、全壊家屋3900棟、半壊家屋893棟、8月30日時点でみなし仮設に入られた世帯数は2800を超え、仮設住宅はやっと整備され始めましたが、全く足らず、在宅避難者は把握できておらず…このような惨憺たる状況は、かつて50年に一度は洪水に見舞われてきた土地であるにもかかわらず、そのことを忘れ、ハザードマップにはこの度の洪水と全く同じエリアに警鐘が伝えられていたにもかかわらず、それを我がこととして考えられなかった私たち自身にそのまま降りかかってきました。
避難警報は発令されていた…でも私たちが選んだのは2階部分への垂直避難でした。「まさか2階までは」そんな甘い判断が吹き飛ばされたのは、防災放送が「急いで高台に避難してください」と鳴り響いた早朝5時前…泥水が迫ってきました、まちの低い場所にあるグループホームの2階には6名がいる、そしてもっと低い場所にあるマインド作業所の2階には2名が避難している…私は自宅からダイビング用の足ひれを持ち出して泥水の中に泳ぎ出ました。
グループホームの2階の踊り場にいた5名を道路向かいの高台の家の2階のおばあちゃんの家に一人ずつ渡して、一番心配なマインド作業所へ。そこには足元まで泥水に浸かったまま窓から身を出す2名の人。「生きてた」。浮かんでいるタイヤやポリタンクを拾い、「これにさばって(岡山の方言で「しがみついて」の意)屋根に上がろう」。窓を壊してそこから水の中へ降り、何とか屋根に上がることができました。

泥水の中に胸まで浸かったおじいさんがポツンと立ってる…流れていた水上バイクを拾って、板をオールにしておじいさんの元へ。私たちの屋根に上げて4名。それから7時間、消防のゴムボートで丘へ上げていただくまで、私たちは降りしきる雨の中、隣の家の方から投げてもらった傘をさし、投げてもらったタバコに感謝しながら救助を待ちました。空にはヘリコプターの轟音が舞い、でも不思議にみんな恐怖はありませんでした、馬鹿を言いながら圧倒的な自然の力を前にして、「病」も何も全てが平等に浸かったまちの風景の一つになっていました。
消防のゴムボートで丘に上げていただいて、「もう一軒あるんです、仲間がいるんです」、消防の人は「行こう」と、アパートの前のおばあちゃんの家に向かいました。ベランダで5名が待っていました。「遅くなってごめん」、泣きました。彼らはこう言いました。「僕たちは最後でいい、まずはおばあちゃんを、そして、あそこに子ども連れの親子がいる、あそこに高齢の夫婦がいる、あの人たちを先に助けてあげて」。そして10時間後、私たちは丘へ上げていただきました。
ドロドロのまちは多くのボランティアの方々が泥をかきだし、キレイになっていきました。私たちもグループホームの再建をし、そのあとはまちの被災した家々への支援に毎日走り、泥をかき出しました。空っぽの家々が立ちすくむ…まるでムンクの絵のようにポッカリと口を開けた窓や扉…夜になると真っ暗で誰もいないまち、カエルの鳴き声一つしないまち、そんな中に精神科病院に避難していた仲間たちが帰って来てくれました。泥水に浸かり、みんなで掃除した部屋、布団一つしかない部屋、それでも彼らは帰りたかった…8月1日、16名がまちに戻ってきました。
25年、19年、そんな長い入院を経てマインドのグループホームに来てくれた、そんな仲間たち…でもまちに人がいない…何のために私たちはまちに戻ったのか、このままではいけないと思いました。まちの復興なしに、私たちだけが助かっても意味がない、そこから私たちはみんなで話し合い、まちの復興へ向かいました。
被災したまちの人が被災した人を支援する、「お互いさまセンター」を立ち上げました。毎月一度、第三土曜日に「みんなで集まろう! 地ビールと音楽の夕べ」を始めました。400名ものまちの人たちが集まって下さいました。これから私たちは自分たちのできる役割を、まちの復興に向けていこうと思います。「精神障害」という壁を越えて。

  • 筆者は「障がい=壁」と捉え、その壁に挑戦している人がこれまで障がい者と呼ばれていた人であると考える。

多田(ただ)伸志(しんじ)

広島県尾道市出身。NPO法人岡山マインド「こころ」代表理事。何でも屋さん。
1985年 広島県三原市のある地方水産市場に就職、まぐろを切る。1987年 医療法人社団造山会まきび病院に就職させていただく。2002年 NPO法人岡山マインド「こころ」を設立し、代表理事。2011年 まきび病院を退職し、グループホーム事業、地ビール醸造販売事業を開始。2014年 「マインド作業所(精神障害者小規模作業所)」を開設。2017年 「新マインド作業所(地域活動支援センターⅢ型)」を開設。

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