ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だよりNo.83 / 2018年5月25日発行

西宮市立総合教育センター1階の障害者救援本部。中央が筆者

阪神淡路大震災の時の私

副代表 福永 年久

こんにちは。福永です。4月から副代表に就任しました。私はずっと兵庫で障害者運動をしてきました。阪神淡路大震災では、作業所も仲間も大きな被害を受けました。
1995年1月17日午前5時46分、急に寝ていたベッドがたてゆれし、飛び起きましたが、その日は介護者がいなく、まだ真っ暗な中、周りの状況も静かでしたが、そのうち飼っていた熱帯魚の水槽が爆発し、水が私の身体に飛んできてびちゃびちゃになりましたが、どうすることもできませんでした。

6時頃に学生介護者が来てくれて着替えて電動車椅子に乗り外に出ましたが、やけに空が青く、その学生に爆発事件でもあったのかと聞くと地震でした。市営住宅を出て西宮に住む障害者の安否確認に、学生と2人で回りました。その頃きんとーん作業所のメンバーも、13人の家を一軒一軒回っていき中にいるかどうか確認しました。ほとんどの家が壊れていましたが、10人は平木中学校に避難していました。残りの3人は安否がわからず、一番近い三矢英子さんの家に行くと1階が崩れ2階が1階になっていました―私は、三矢さんと6年間一緒に生活をしていた人間でした。

西宮警察に状況を把握しに行くと、ロビーで毛布をかぶった2人がいました。情報集めのため、ロビーで3日間徹夜で過ごしました。3日目に重機を持って来た自衛隊に三矢さんの家を掘ってもらうと、遺体が台所で発見され、顔がぺちゃんこになっていました。遺体を西宮の体育館に安置しに運ぶと、300人以上の遺体が寝かされていて、何とかしなければならないと思い、とにかく棺桶の準備をしないといけないと思っていたところ、知り合いの牧師が棺桶を手配してくれ、大阪の森ノ宮にある教会まで運び、何とか火葬できました。三矢さんは沖縄が好きでよく行っていたので、沖縄の海に骨を流しに、娘とボランティアと3人で沖縄の伊江島まで行きました。伊江島で訪れた土の宿を運営していたのは木村浩子さんという脳性マヒの障害者でした。

沖縄から帰ってきたら、まさか自分が救援活動をするとは思っていませんでしたが、全国各地から2か月で200人のボランティアが来てくれました。西宮警察から先に避難所に行けと言われ、西宮の教育センターの避難所に行きましたが1階にはなく、車椅子では上がれず、職員と半日かけて話し合いをし、1階の20畳ぐらいの部屋を自分達で3日間かけて片付け何とか使えるようにしました。その場所で救援活動を始めました。

救援物資にはカビのはえた弁当もあり、炊き出しすることにしました。1回目は豚汁を作りましたが費用が16万円もかかりました。ボランティアの中に労働組合の人がいて、お金を立て替えてくれましたが、次からは炊き出し費用を工面するため、全国各地でのカンパ呼びかけ、義援金集めのため講演活動を行いつつ、西宮の避難所を拠点に、全国から集まったボランティアを指揮して、障害者、高齢者に水や食料を届け、風呂介助、避難所まわり、仮設住宅への引越し手伝いなどの救援活動を続けました。
しかし2年が経ったころ、疲れ果て、脳梗塞になり5年間寝たきりの生活になりました。うつ状態も続きましたが、服薬を止め、少しずつ元気になり活動も続けました。

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