ゆめ風基金

特定非営利活動法人 ゆめ風基金

〒533-0033
大阪市東淀川区東中島1-13-43-106

TEL:06-6324-7702
FAX:06-6321-5662

MAIL:info@yumekazek.com

障害者救援活動にご協力ください

障害者救援金
送り先
郵便振替口座
00980-7-40043
ゆめかぜ基金
その他の振込方法

ゆめごよみ風だより

No.792017年5月21日発行

被災地は、いま

釜石

社会福祉法人AJU自立の家顧問
NPO法人障害者自立センターかまいし理事長
山田 昭義

東日本大震災から6年経過した。今年も3・11では全国各地で慰霊と復興を祈願した様々な行事が催された。私たちもカトリック教会において、震災で被災された方への慰霊と復興祈願ミサ、その後福島の農産物と、岩手県釜石と大船渡市の被災者の物産展を開催した。

一方現地では、仮設住宅が徐々に姿を消し、復興の槌音が響き、着実に復興が進んでいる実感が持てるようになってきた。

AJU自立の家は東日本大震災発災直後から、全国の障害者団体とゆめ風基金、カトリック教会と力を合わせ救援活動を行い、震災半年後からは岩手県釜石市に障害者・高齢者を対象に支援に入った。東北地域は、社会的インフラ整備の遅れから施設入所支援の福祉施策が中心で、重度障害者が地域で生活できるという風土がない。重度障害者=施設という地域に支援に入ることは、当初から大きな様々なバリアへの挑戦であった。

私は4年前、前任者から支援担当を引き継ぎ現地に入るようになった。復興支援は大震災発災直後は全国から大きな支援が寄せられるが、それも時間とともに先細りすることは必然で、当時の思いは5年を目途に自立できるような取り組みを創ることを目標とした。しかし、制度はあってもサービスのない地域での支援は大変困難だった。

専門家も医療モデルから社会モデルへの流れは理解しているが、いかんせん施設入所中心だ。障害当事者はバリアにあふれた地域では、身動きが取れない地域においての地域福祉は至難としかいえなかった。

まず移動の手段が皆無といえる状況。例えば、4年前はバスはワンステップバスが2台、釜石線は1日11本、1時間に2本走る時間帯が、唯一朝5時台という地域での自立は、物理的に無理があることを学んだ。

東京、大阪、名古屋の福祉を東北にという私たちの考え方が甘かったんだといわれたら反論できないと思った。まず社会インフラの整備に取り組まなければ。しかし、その地域に根差していない私たちの支援は、地域の人たちへの説得力を欠いた。乗り物は2日前に申し込まなければだめ。地元業界の壁が大きくて福祉有償運送の協議会すら設置できない。現実に立ち向かえる人がいない。いたとしてもこれらの障壁に立ち向うことは不可能としかいえない。これが現状であった。

私か細々とできたことは、隔月に釜石を訪ねることで釜石線にこだわったこと。無人駅を利用することをめぐり新花巻駅で何度もトラぶった。ある時は駅長が来て乗せられないとまでいい切られた。

釜石を訪ねる度のトラブル。岩手県に直訴した。岩手県は障害者差別禁止条例が制定されているから、それに基づいて指導するよう声高に迫った。JRもそれを機に軟化した。以来乗せないとのトラブルはなくなった。またある日、釜石から大船渡(盛駅)へ行くのに鉄道を利用した。釜石駅に20段ほどの階段があり、駅職員は女性が多く階段を上げていただくことは不可能で、前日私に切符を売ってくれた女性職員が仲間から叱責されるのみだった。釜石市障害福祉課に電話をし、何とかしてほしいと迫った。結果は部長以下数人が駆けつけてくれてかろうじて乗ることができた。釜石線を利用する車いす利用者が、隔月に釜石入りする私以外見当たらない中では、空しい戦いといえた。

釜石の障害者自立センターにて全長7mの恵方巻にチャレンジ!

唯一の救いは、ゆめ風基金、全国の仲間たちの支援だった。カリタス・ジャパン等々から大きなお金を預かり、支援に頑張ってきた。理想通りにはいかなかったが、地元に僅かだが地域移行の種蒔きは試したいと願った。何時か芽吹くと信じることでここまで頑張れた。また、6年間の努力で理想とは程遠いが、私たちが創ったセンターが地域の社会資源として定着しつつあることで、今年度からは外からの支援がなくても運営できるところまで来た。

私もAJU自立の家の役職を降りることになり、次に繋げバトンタッチする。満足はできないが、精一杯できる努力はしてきた。

困難はあったがやりがいのある戦いであった。もう少し若かったらまた違う戦いであったと反省しながら見守りたいと思う。これまで多くの支援をいただいた方々には感謝のみです。ありがとうございました。

©ゆめ風基金