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No.792017年5月21日発行
3月25・26日、「ゆめ風in埼玉」が春日部で行われた。25日(土)は毎年の定期総会、26日(日)は初代呼びかけ人代表の永六輔さんを偲んでのイベント。どちらも会場の選定から当日への細々を、ゆめ風ネット埼玉(わらじの会)が準備してくださった。
定期総会では、前年の活動・決算報告を承認していただけた。また、新しい理事が3人立候補され総数12名になった。また、事務局人事の動きとして20年にわたり事務局長を担ってくれた橘熕迴Hさんが定年を迎え、被災地を飛び回っていた八幡隆司さんにバトンタッチされることになった。
ゆめ風基金の根幹はなんといってもお金。いまはリハビリに悪戦苦闘中の副代表・河野秀忠さんが「守銭奴のごとく金を集め、天使のように金を届けたい」と口癖のように言っていた、それがゆめ風基金の大切な一つの核。金額の多い少ないではない。われらに託された志ある人々からの支援金は熱い心がこもっている。1円玉も光り輝いていて疎かにできない。入金と出金が常に一致していなければならないのは当たり前のこと。だが、つい活動が主体になる障害者運動では、活発になればなるほど時期が長くなるほどに不明金が出てくることもある(ボクはいくつかの運動団体で悪気のない不明金に悩まされてきた)。だが、その点でわれらのゆめ風基金活動は発足以来22年が経過したが、そして支援金を提供するだけでははなく一時的な貸し付けも行ってきたが、焦げ付きも1円の不明金も出さずにやってくることができた。むろん全国で知られる著名人が呼びかけ人に連なってくださっていて、その人たちのお顔に泥を塗ることはできない緊張感の効果も大きいけれど、長年にわたって橘烽ウん、南さんをはじめ事務局一同の緊張感と持続力の賜物だといえる。その結果、この22年間におよそ8億円の支援金が寄せられ、5億円が国内・海外の被災した障害者団体・個人に活用されてきた。橘烽ウん、長い間お疲れさま。改めてゆめ風をこよなく愛する理事としてご活躍のほどを。リハビリ中の河野さんは、昨年6月末に硬膜下出血と脳挫傷で入院。数日間の意識不明から脱して以後、身体のリハビリはほぼ順調にきて車いすに乗れて、しばらくして歩けるようにもなったのだが、脳の働きはあまり芳しくなく思いの推移は過去と現在を行きつ戻りつ状態なり。
さて、26日のイベントは大盛況で、年々来てくださったお客さんに贅沢なひとときを満喫してもらっているように感じる。昨年の7月7日に「遠くへ行きたい・知らない町を歩いてみたい」と旅立ってしまった永六輔さんを偲ぶ催しとして開かれた。ゆめ風ネット埼玉(わらじの会)の提案で…『永縁』を紡ぐ…お話と音楽の集い…と銘打たれた。「ゆめ風であいましょう」としては12回目。会場は400人収容のところ460人の超満員。カタログハウスとわらじの会の奮闘、そして永さんと縁が濃い魅力的な出演者の影響力もあってのこと。
まず22年前に永さんのアイデアによるラジオで全国にゆめ風基金をPRする3分間テープが流された。阪神淡路大震災直後のことで、思わずボクが書き綴った被災した障害者仲間に呼びかけた詩もどき(永さんいわく…詩にはなってないが気持ちがこもってる)を関西の有名人に1?2行ずつ朗読してもらって繋ぎ3分間のテープに仕上げよ、というものだった。会ってもらえるかどうかの人々に2行ほどずつ声を拝借してリレーして繋ぐ作業に2か月ほどを要したが、それに永さんの早口によるナレーションが加わって、いくつかのラジオ電波が全国に流された。あらためて懐かしく、当時のボクの夢中ぶりを思い出す。
総合司会の小室等さんによる絶妙の進行で、その日は雨が降っていて、♪雨に濡れてたぁ?『黄昏の街』から永さん作詞のヒット・メロディーの数曲(さすがに多くの人が自然に歌詞を口ずさむ。これぞヒット曲の証)が、小室さん・こむろゆいさん親子による演奏(シンセサイザーは竹田裕美子さん。以後、別の出演者にも伴奏)。続いて、永さんと「徹子の部屋」に招かれたオオタスセリさんの「ストーカーと呼ばないで」に会場は大爆笑の大好評。
続いて15分の休憩の後、中山千夏さん・坂田明さん・小室さんによる「永縁」の鼎談と中山さん・小室さんの『老人と海』(坂田さんはサックス)。続いて李政美さんのアリランほかに聞き惚れて、坂田さんが『音戸の舟唄』を唄われた頃は場内がシーン。そしてフィナーレ。後半も永さんのヒット・メロディー。最後は明るく『いい湯だな』で幕が下りた。
会場にそっと来てくださっていた永良明さんは小室さんに「永六輔をちょうどいい加減にしてもらって」と小声で伝えて帰られた、と後で知ることになる。
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