ゆめ風基金

特定非営利活動法人 ゆめ風基金

〒533-0033
大阪市東淀川区東中島1-13-43-106

TEL:06-6324-7702
FAX:06-6321-5662

MAIL:info@yumekazek.com

障害者救援活動にご協力ください

障害者救援金
送り先
郵便振替口座
00980-7-40043
ゆめかぜ基金
その他の振込方法

ゆめごよみ風だより

No.722015年12月11日発行

震災時ビルから見た光景

東北被災地からのお便り石巻

NPO法人 輝くなかまチャレンジド
地域活動支援センターこころ・さをり 熊井睦子

2004年、家に閉じこもりがちな障害のある人達が、地域の中で自分らしく、安心して過ごせる日中活動の場を作りたいという思いで、無認可の作業所こころ・さをりを立ち上げました。

翌年、NPO法人化に伴って市の認可小規模作業所となり、2007年の法改正を契機に石巻市障害者地域活動支援センターへ移行、一日10人程の利用者がそれぞれの個性を発揮した「さをり織り」中心の作業を重ねてきました。織布の展示や製品化、販売で、制作や社会参画の喜びが少しずつ醸成され、また、余暇活動や地域交流活動を通じて、自分の意思を伝えたり、自発的に物事に取り組む意欲や自信を育てる活動をしてきました。

2011年3月11日、調理実習の後片付けの最中に、突然、猛烈な揺れに襲われました。

こころ・さをりが入居していた6階建ビルは古い建物でしたが大きな損傷はなく、室内は家具が倒れ、あらゆる物が散乱した状況ながら、幸いにも利用者や職員の人的被害はありませんでした。

私たちは、直ちに津波を想定して高台への避難準備をしましたが、道路の渋滞等を考え、ビルの5階にある大家さんの元自宅だった空室に避難、利用者の家族には電話やメールで無事の連絡をとりました。

約1時間後、津波が押し寄せ周囲が海のようになりました。もう少しで2階のこころ・さをりも浸水しそうになり、やがて訪れた夜の暗闇に見える火災の炎が不安を掻き立てました。停電でファンヒーターは使えず、調達できた布団や毛布で寒さをしのぎました。

こころ・さをりでの避難生活は長い人で一週間にも及びました。食料の調達は比較的スムーズにできましたが、利用者の薬がなくなり容易に調達できなかったことや、痰の吸入ができなかったことで、生命の危険に直面しました。

震災後、施設のあった湊地区は津波被害や地盤沈下による浸水被害があり活動を休止しましたが、利用者と家族の要望を受け6月からスタッフの自宅で活動を再開、8月からは市の支援で仮設住宅団地内の支え合い拠点センター内で活動できることになりました。

仮設では、スペースや活動時間などの制約がありますが、全国からの温かい支援や活動助成金を活用して仮設入居者や地域住民と交流しながら、震災で受けた心のケアに努めました。

さをり織りをするメンバーたち

施設のあったビルはその後解体されたこともあり、施設再建に向けて新たに賃借できる建物を探しましたが、石巻市の津波被害はあまりに広範に及んでおりなかなか見つかりませんでした。

震災から丸3年以上が経過し、いよいよ退去期限が迫ってきたことから、新たに土地を賃借し、小さなNPO法人の私たちが用意することが出来た自己資金と宮城県補助金を活用して平成26年度補助事業として「共生型福祉施設」を建設することになりました。しかし復興住宅の建設や住宅用地の供給などで本格的な復興が進展する中、資材費等工事費の高騰で当初見込みの事業費が大幅に膨らんでしまい、資金不足に追い込まれました。

今回、ゆめ風基金より多額の助成金をいただきまして誠に有難うございます。資金面でのゴールはまだまだ遠いですが、利用者の皆さんが安心して活動できる新しい施設建設のため、更なる努力をしてまいります。

事務局 10月に500万円をお届けしました

外から見たあいの実

東北被災地からのお便り仙台

NPO法人あいの実
(重症心身障害児放課後デイサービス事業所) 安田恵

私たちは仙台市で、重い障がいのある人をサポートする活動をしているNPO法人です。通常の事業所では難しいサービスにも積極的に取り組み、たん吸引ができるスタッフを50人以上育ててきました。

また、ここ数年、重症心身障がい児に目を向け、ハードルの高い介護にチャレンジしています。

2011年3月11日の午後、私たちは突然被災者となりました。ガス、水道、電気、電話などに加え、新しいライフラインである携帯電話やインターネットも使えませんでした。

最も苦労したのが、ガソリンが手に入らなかったことです。仙台市は田舎部分も多く、スタッフも点在して住んでいます。車が使えず、必要な介護が提供できなくなる恐れがありました。

電気が無いのも危険でした。半日でも電気が来ないと生命に危険のある人もいました。呼吸器のバッテリーが切れ、アンビューバッグ(人工呼吸を手で行うもの)を一晩中行ったスタッフもいます。しかし、皆の献身的な活動、機転のきいた判断により、最も危険だった当初の数十時間を乗り切り、重い障がいのある人は他県に避難することができました。スタッフ自身も被災しましたが、真のボランティア精神により利用者の生命が守られたと考えています。本当に頭の下がる思いです。

私たちは「規則」よりも「原則」を重視するようにしています。つまり、法人理念としている「自分にして欲しいと思うことを他の人に行う」という精神です。

マニュアルですべてのことを想定しシミュレーションしようとするよりも、この精神を当てはめ、その状況やその人に今最も必要なことは何か、常日頃から考える能力を身に着けるようにしています。大きな自然災害などが生じた時は想定外のことが起きるものです。マニュアルは大切ですが、この精神が理解されていると、どんな想定外な事態に陥ってもスタッフが自分で考えて動きます。肝心な時に誰かの指示を待ってではなく、自分から動けます。そして障がいのある人の生命が守られます。

あいの実の中の様子

将来、東日本大震災を超える災害が生じるとの予想があります。想定外の大問題に直面することもあると思います。介護する人たちがこの精神によって優先順位を見定めて行動し、障がい者の生命を守っていただきたいと思います。スタッフの家族の避難計画も大切です。スタッフの安全確保が、安全で継続的なサービスへとつながるからです。

災害時には最低限の生活でさえ確保が難しくなります。一時も目を離せない重度障がい者、家族が困窮する事態は容易に想像できます。そのような人を受け入れる福祉避難所として機能できないか検討しています。

障がい児や障がい者は通常の避難所では危険です。医療的なケアに必要な物品や機器が欠かせない人もいます。福祉避難所に医師はいませんが、重い障がいに接してきたスタッフ、電源、水、特別な食料、おむつなど特有の備品、当事業所の利用者の薬のストックなどを備え、医療への橋渡しを行います。このような備えによって、地域の障がいを持つ人たちと家族のストレスが軽減されることを望みます。

事務局 災害時、人工呼吸器や痰吸引に欠かせない発電機の助成を実施しました

新しい倉庫の前で

東北被災地からのお便りいわき

NPO法人 なこそ授産所
理事長 高村トミ子

うれしい! みそ倉庫ができたよ!

あの大地震の時、一番頭に浮かんだのはテレビドラマ「日本沈没」だった。やむことのない揺れ、それも断続的な体験したことのないような激震に、立っていられず机の下にもぐった。

私たちの作業所は築55年。倉庫は中古のプレハブ。でも母屋の屋根が少し損傷し、倉庫も無事建っていた!

しかし、4月11日〜12日の大きな余震で、3月に応急修理をしたばかりの母屋の屋根が大きく損傷した。県社協の支援を受け、丸紅基金の補助と自己資金で翌年3月に母屋の耐震補強工事は完成。ようやく安心安全な建物で利用者が作業できると胸をなでおろした。

きれいに並んだ手作り味噌

次に、みそ製造には、みそ工房(震災前までは外で煮炊きしていた)を作らなければ放射能の恐怖があり商品が作れない。とにかく早く工房を作ろうと、見積もりをとると550万円、設置する機械類で100万円かかるが借入金でやることに。そこにハンガリー水道局の労働組合から50万円の助成と、馬主協会からの助成がありようやく出来上がった。次は、ガタガタの味噌貯蔵庫の見積もりをとったら1棟中古で800万円という。資金は0だが、まずやるしかないとゴーサインを出した。

ある会議でこの話をしたら「ゆめ風基金」へ相談してみたらという。半信半疑でゆめ風基金に連絡した。快く話を聞いてくれ、急ぎ申請書を出した。すぐに事務局スタッフが車いすで来てくれ本当に嬉しかった。そしてゆめ風の支援が決まり、7月末に完成!1ケ月かかって桶を移し、倉庫に並んだときの感動は言葉に表せないくらい。長い年月の念願がかなったのだから。

長い長い道のりだったが、多くの人たちの善意で見違えるようにきれいになった工房、倉庫、そして道具倉庫にみんなの笑顔がはじけた。

南三陸 奏海(かなみ)(もり) 訪問記

事務局 長崎圭子

10月10日、宮城県南三陸で障がい児・者の日中活動を支援するNPO法人奏海の杜の「子ども広場 にこま〜る祭」が開催され、私も参加させて頂きました。奏海の杜は、震災の年、被災地障害者センター南三陸として活動を始めました。土地や資材、資金の壁などたくさんの問題を一つひとつ解決して、ようやく南三陸に活動場所を確保しました。その名も「晴谷驛(ハレバレー)」いい名前ですね〜。惚れ惚れしちゃいますよ!

石巻までは、公共交通機関を使って行けますが、南三陸となると…車がないと移動できません。リフトカーで走ること1時間。のどかな田園風景の中、ぴかぴか光る(ように見えた)真っ赤な建物が目に飛び込んできました。ここを拠点とする「にこまるさん」たちが元気に走り回り、スタッフが追いかけ、にこにこ見守る近所の人や親御さんたち、そして応援してきたサポーターの皆さん。みんながにこにこしています。うきうきしながら中に入ると、壁には「にこまるさん」たちの写真がいっぱい!手作りの歓迎メッセージ旗が手すりに掲げられ、色紙でわっかをつなげていく…。みんなで作った装飾。その空間は、あたたかいひだまりの中でまどろみたくなるような、そんな優しさにあふれた場でした。

いつも支えてくださるみなさんに感謝を!と開かれた「にこまる祭」は、これからもどうぞよろしく!と、にこまる48の歌や、ベリーダンスを通して交流し続けた大阪の由美子さん&夏美さんのダンスなど、盛りだくさんの内容でした。炊きたての新米、鮭の味噌汁、たこやきなども振舞われ、いろんな団体のみなさんと談笑できました。

「にこまるさん」たちの笑顔の花が咲く中、大盛況で終わった「にこまる祭」。ああ、この場所は、ここの人たちは本当にたくさんの人に愛されているんだなと…。じわり嬉し涙が浮かんだ旅でした。

©ゆめ風基金