ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だより

No.692015年5月18日発行

リレー・エッセイ 災害と障害者 第四十七回

東日本大震災4年間を振り返って

はじめに

2万人近い死者・行方不明者という未曽有の被害者を出した東日本大震災から4年が経過した。この震災に対して、ゆめ風基金を中心に全国の障害者団体は立ち上がり、力を合わせて支援をしてきた。

私たちAJU自立の家は震災翌日から、全国の団体に先駆け5人のスタッフを現地に派遣し、今日まで支援を継続してきた。そして、全国の障害者団体もゆめ風基金、DPI、JILなどがスクラムを組み、東北関東大震災障害者救援本部を結成し、被災地の障害者支援を行ってきた。

その中で見えてきたことは、東北地方は障害者施策が未熟であること。だからこそ全国の障害者団体がこぞって、震災を機に新しい障害者福祉の種を蒔き、新しい息吹を吹き込みたいと意気込んで取り組みを開始したことは、つい先日のような気がする。

4年を過ぎた今、これまでの支援から何が得られたのかを検証し、報告をすることは、私たちに多くの支援をいただいた人たちへの責務だといえる。

ゆめ風基金などが立派な提言集をまとめているが、わが国では毎年多くの災害が発生している現状があり、災害の大小は別にしても、障害当事者の立場での支援の在り方を広く社会に訴えていくことは、私たち障害者運動を担う者の責務だと思う。

私たちAJU自立の家も細やかな支援の中から学んだことを、ゆめ風の機関誌を借りて報告をしたい。

発災直後の支援

発災後72時間。生命の分岐点と言われることは誰もが認識している。しかし大震災の発災当初、災害ボランティア団体は、ボランティアが大勢一気に現地に入ると混乱に輪をかけるので、現地に入ることは待てという指令が出された。

この報を聞いたとき「信じられない」という気持ちだった。重度障害者の立場で考えれば、行政も地域も大混乱の中、私たちの支援は誰がしてくれるのか。瓦礫の下でもだえ苦しんでいる重度障害者は誰が命を守ってくれるのか。命を守るためにボランティアこそ唯一の生命線ではないかと、私のささやかな災害経験からそう思わざるを得なかった。

私の場合、2000年9月東海集中豪雨により床上50cmの被災をした時、行政に救援を求めたが、待てど暮らせど救援は届かなかった。行政は一人の被災者の事より、市街地全体が被災しその対応に追われ、一人の声は届かなかった。2時間してようやく救援に来てくれたのは、我がAJU自立の家のスタッフだった。行政の人も同時だった。1キロ離れた役場と15キロ離れたところが一緒に来たという事実から見えてきたことは、役場は「大量・一斉・公平・画一」の仕事の仕方なので、個別の支援はなかなか届かないということ。ボランティアこそが頼りなのだ。なのに今回の震災では「混乱するから」という理由でストップがかかった。

その意味で、障害者団体の動きは見事だった。行政を頼りにするのでなく、自分たちの頭で考え、行動していく姿勢が貫かれた。しかも避難所に障害者がいないと判ると、全国の仲間たちがわずかな情報を便りに障害者を探し、一軒一軒訪ねた。そして支援ニーズを掘り起こしていった。混沌とした状況の中、混乱した行政を頼むのでなく、私たちにしかできないことを見事にこなしていった。

障害者の現状とAJUの取り組み

とにかく避難所に障害者の姿がない。これは明らかに異常な光景だ。それはわが国の障害者が置かれている立場を如実に表しているとも言える。三陸地方は普段から重度障害者がいない街と言える。生活できる環境がないことが大きな要因で、即ち重度障害者は子供の時から施設しか選択肢がない。サービスも乏しく環境特に移動の手段が無い。介助派遣は夜間ゼロ、日中も極わずか。

重度障害者が地域で生活できる環境はなく、必然的に施設の選択しかない。その施設も人里離れている。大震災支援を機に、誰もが何処に住むか自由に選択できるようにしたいと願ったが、移動の手段が無い中での生活は至難であることが判ってきた。

更に残酷なのは、所謂専門家と言われる人たちも医学モデルの域を出ず、社会モデルの実現はさらに困難を極める。非障害者の移動の手段は自家用車で、車の無い人は、1日に10本前後のバス、鉄道を頼りにするしかない。

これは被災地の課題でなく、今全国で問題とされている過疎の問題である。発想を転換すれば、三陸地方の問題が解決できたら、全国の過疎地問題は解決できることになる。

東日本大震災発災当時、全国の仲間たちは課題が見えたと意気込み、勇んで取り組みを開始したが、4年を経過して課題が大き過ぎて、手も足も出ないことが徐々に見えてきた。地元の障害当事者こそ頑張らなければという声もないではないが、これも地元の障害当事者からみれば詭弁でしかない

AJU自立の家が取り組む、障害者自立センターかまいしも同じ課題に直面している。3年半を経過した今、釜石の地に障害者サービス事業所が一つ増えた。そして、運営的には独立できそうだ。これで完結かと自問するしかない。

山田(やまだ)昭義(あきよし)
社会福祉法人AJU自立の家専務理事、NPO法人障害者自立センターかまいし理事長。15歳のときに頚椎を損傷、四肢まひとなる。1990年、「楽しくなければ福祉じゃない!」を合言葉にAJU自立の家を設立。2000年の東海豪雨災害をきっかけに障害者自身による障害者の災害対策に力を入れる。東日本大震災では直後から避難所間仕切りなどの支援物資を送った。2011年10月被災地障害者センターかまいしを開設、岩手県沿岸部の障害者支援を展開。2013年9月にNPO法人障がい者自立センターかまいしを設立し、理事長に就任。

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