ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だより

No.662014年9月25日発行

関西にいる私たちだからこそできること

終わらない原発事故の現実から目をそむけないために

ゆっくりすっぺin関西 代表 宇野田 陽子

東日本大震災とそれに続く原発事故。しばらくただ呆然とするしかなかった私ですが、同時代の人間として、この状況ととことん向き合わないなら、もうこれ以上生きていけない、と感じました。

そして、2011年5月に「大阪でひとやすみプロジェクト」を立ち上げ、相談窓口の開設や移住サポート、毎月の現地支援などに関わってきました。

ささやかな活動ではありますが、もっとも大切に取り組んできたことの一つが保養です。保養というのは、原発事故で影響を受けた地域に住む人々や、暮らしの中で放射能の不安を抱えることになってしまった人々が、休日などを利用して居住地から受け入れ地へ出かけ、放射能に関する不安から一時はなれて心身の疲れを癒そうとすることです。

チェルノブイリ事故被災地では保養は国家事業。しかし日本では…

チェルノブイリ原発事故の被害を受けたベラルーシ、ウクライナ、ロシアなどでは、保養は国家事業に位置付けられています。しかし日本では公的な支援がほとんどないため、ほぼすべてが普通の市民によって担われています。

2011年夏、南相馬のあるお母さんから電話がありました。「うちの子どもは療育手帳を持っているのですが、保養に参加できますか?」それがきっかけで、その年は障がいのある子どもたち5人が保養に来てくれました。原発事故直後の混乱した状況でもあり、急ごしらえだった2011年の夏のキャンプは泣いたり笑ったり怒ったりとドラマに満ちた日々となりました。そして、障がいのある子どもたちをどうやって保養に迎え入れていくかが私のテーマとなりました。

「ゆっくりすっぺin関西」の誕生

琵琶湖博物館にピクニック。

そして2013年の秋に豊能障害者労働センターさんとの出会いがあり、障がいのある子どもたちのための保養プロジェクトを始めようということになりました。関西のキャンプ主催者とのつながりを生かし、初めて保養に参加する子どもたちと私たち付き添い者を、既存のキャンプに包摂してもらおうというアイデアです。こうして「ゆっくりすっぺin関西」が誕生しました。

まずは2014年の春休みに、南相馬からにっちゃんが来てくれました。東京よりも西に行ったことがない、親と離れて泊ったことがない、飛行機に乗ったことがないなど、ないない尽くしの中で、それでも勇気を振り絞ってやってきてくれたにっちゃん。びわこ123キャンプに参加して、そのかわいらしい笑顔で一躍人気者となりました。

折り紙の作品をいろいろなボランティアさんに配って喜ばれたり、高学年に交じって朗読劇に出演したりと、みんながびっくりするほどの成長ぶりでした。1日目の夜は寂しくなって布団の中で少し泣いてしまいましたが、2日目からは「うのだちゃん、一人でできるからついてこないで」と引導を渡され、驚くやらおかしいやらで、私のほうが子どもたちの成長する力に学ばされました。

ゆっくりすっぺ第2回目は、8月1日から始まります。今回もびわこ123キャンプさんにお世話になり、にっちゃんのほかに、たっちゃんという男の子も来てくれます。現地の放課後デイの先生方も付き添いで来てくださり、貴重な交流の機会となりそうです。

原発事故後の世界でどう生きていくのか

遠く離れて暮らしていると、私たちはどうしても「福島の子どもは」とか「東北の人は」などと人を束ねるような表現をしてしまいがちになるように思います。そうではなく、原発事故を防げなかった責任をどう引き受け、原発事故後の世界でどう生きていくのかを考え続けつつ、小規模でも人間関係と信頼感を大切にした関わりを育てていけたらと願っています。

被災地障がい者センター宮城の活動から
見えてきたもの

「障害児を普通学校へ・全国連絡会」世話人

「被災地障がい者センター宮城」は、3年間の活動に区切りをつけ、本年3月末で解散した。

今回私は「センター宮城」の活動に関わる中で、「災害と障害者」に関する様々な問題点を認識した。自然災害は誰にとっても困難な状況をもたらすものであるが、今回の震災は障害者にとって、ことのほか重大な事態を惹き起こしたからだ。

ここでは、健常者が回避できても障害者にとっては死活問題となる深刻な壁が災害時に生じるということを、あらためて確認しておきたい。また私たちが目指す「共に学ぶ教育」が震災のような非常時においてどのような意味を持つのかも、明らかにしたいと思う。

「逃げ遅れる」という問題

今回の震災では、多くの障害者が津波から逃げ遅れ、あるいは逃げることができずに命を落とした。その数は、比率で言うと健常者の約2倍であった(沿岸部の自治体に限ると、身体障害者手帳保持者の死亡率は、全体の約3倍だった)。

これは、障害の有無が命の軽重に直結しているという、究極的な障害者差別が起きているということだ。「災害は誰に対しても平等の結果をもたらす」わけでは、決してない。

私たちはこの事実を重く受け止め、「障害者がより犠牲になることのないような街作りを目指そう」を合言葉に活動を進めた。

障害者が犠牲にならないようにするためには、平時における共に生きる関係の構築こそ重要である。(津波に限らず)災害時に一人で逃げることの困難な人が身近に住んでいることを周りの人に知ってもらい、障害者が逃げ遅れることがないようサポートしていく仕組みを作っていくことが求められている。

「避難できない」という問題

次に、指定避難所がバリアフリー化されていないという問題がある。多くの障害者が避難所へ行ったものの、そこは避難生活を送れる場ではなく、やむなく引き返さざるをえなかったのだ。

指定避難所は地域において生活する誰もが利用できる必要がある。非常時だからと言って、障害者の存在がないがしろにされてよいわけがない。

そして、避難所の多くは学校である。障害者基本法第16条に謳われている通り、そもそも学校はさまざまな障害を持つ子どもが教育を受ける場としてバリアフリー化されていなければならないはずだ。

それに加えて、防災対策としてもスロープ・トイレなどの設備も含めて学校をバリアフリー化していくことは、急務の課題だ。障害を持つ市民を地域の仲間と認めるならば、まずは身近な学校から差別の解消を実現すべきなのである。

私たちは、仙台市との協議の中で何度もこのことを問うてきた。しかしながら、仙台市は「障害者の避難先としては指定避難所を第一義に考えている」と答える一方、「学校改築の予算がない」と言うばかりで、そこから一歩も出なかった。

これは仙台市だけの問題ではないので、全国の仲間に発信したい。

指定避難所となる学校がバリアフリー化されていなければ、障害者は避難することができない。学校をバリアフリー化する活動が、今こそ全国で進められるべきである。

今回、バリアの問題等のために避難所には行けないので、やむをえず、被災した自宅にいる障害者が多かった。ところが、避難所へ行かないと、支援物資が何も入手できない。それが、東日本震災時に起きたことである。

地域で学び育つことの意味

今回、「地域の学校にいることの意味が、震災の時によくわかった」という話を石巻でよく聞いた。避難生活の際に、その子どもと子どもの障害を理解してくれる人々が身近にいることで救われたという意味だ。

非常時だからこそ、困難さを持つ子どもたちは、その子どもを知る子どもや大人が回りにいることで支えられる。

平常時に回りの子どもたち・大人たちに知ってもらうことで、災害時にも「生き延びる」・「尊厳を保ちながら避難生活を送る」ための支えを得ることができる。地域の中で共に学び育つことの大切さはここにも示されている。

つまるところ、共に学び・育つことは、困難な状況の中にあっても人の支えを得て生きていくことと直結しているのだ。その確信を持って、今後も「共に育つ教育」を訴え続けていきたい。

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