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ゆめごよみ風だより

No.552011年11月12日発行

リレー・エッセイ 災害と障害者 第三十六回

二〇一一年三月十一日の震災を
忘れない!

福島は原発銀座と呼ばれている。

「もし、この福島原発が爆発したら、一巻の終わりだよね」と三〇年も前に友人と笑い話にしていたことが、本当に起きてしまった。

何もこの時代に、私の生きている時代でなくてもよいだろうに・・・。と苦笑する。まさか、自分が時代の証人になるとは、予想していなかった。

自然と対立して存在する東京の電力のために、貧しさにつけ込んだ国と東電は原発近郊の人々を札びらでほっぺた叩いて原発を作り、そして福島県民の命と未来を奪っている。これが被害者になって、初めてわかったこと。私はこの事実を許さない。冬に暖房をつけ長袖を着て、夏に冷房をつけて半そでを着る東京の人を許さない。自分だけがよくて、不便なことを貧しい他の人に押し付ける人々を許さない。

誰かを犠牲にして生きるのではなく、自分の作物が自分を育て、自分の大事な人をも幸せにすることのできるそんな生活がしたくて、船引町に畑を求めてすんだのが、一九八一年、今から三〇年前。

八年間電気もガスも水道もない生活を山で暮らした。しかし、それ以外はすべてあった。胸一杯吸い込めるおいしい空気、朝には朝の匂い、雨の日には雨の匂いをたっぷり含んで私の胸をいっぱいにしていた。

水道の水よりも何倍もおいしい井戸水は、野菜や果物、夫の好きなビールを冷やすのにちょうどいい温度に冷えている。

マキで炊いたお風呂場から、月を眺めるのが楽しみだった。

キツネにも山鳥にも、フクロウにもその山で出会った。

二〇一一年三月十一日にこのすべてが奪われた。

地震は、我が家のサラ一枚も割ることなく過ぎ去ってくれたけれど、原発は、私の生活も、未来も、夢も、大事な仲間のつながりも、すべて断ち切ろうとしている。

原発が爆発したとき、すべてが奪われたと思った。足もとが崩れ落ちるとは、この様な事を言うのだと思った。

しかし、目の前にあるものは何ひとつ変化しているわけではない。青い空があり、木々は青々として茂り、今は鳥のさえずりも聞こえるようになった。

しかし、確実に私の周りには、放射能がある。

東電の緩慢なる殺人に、私は侵されている。

「この地から、逃れよ!」と言う、内なる声を聞きながら、私はまだ福島、この地にいる。まるで、緩慢なる自殺に向かっているようだ。

今も進行形の原発は、放射能をまき散らし、これからも福島県を核のゴミ箱にしようとしている。大人も子供も、おなかの中の胎児までをも被曝させながら。

原発の爆発をなかったことにして、生きていくのか?

それともすべてを知って、放射能の汚染の中で生きていくのか?この地に留まり、放射能による健康被害を引き受けるのか、家族と別れ避難して、生活崩壊の中で生きるのか。私は今、窓を締め切った部屋の中で、朦朧とする頭で同じところをぐるぐるとしながら、おかしくなっていく自分を眺めている。

一〇〇年先を見て、シンプルにもの事を考えること、と誰かが言った。

一〇〇年後の福島県に望むものは、緑豊かな自然と共存して生活している人々の暮らし。そこには、大人も子供も、老人も若者も、自然の恵みに感謝して、命と引き換えの便利さではなく、少し不便でも、少し貧乏でも、助け合って、補い合いながら、土に種をまき、おいしい水で喉を潤し、胸一杯の緑を吸い込むことのできる生活。

一〇〇年後の福島県の夢をかなえるなら、今は原発から、放射能から離れること。そして、すべての原発をすぐに止めること。

一〇〇万年も死の灰をお守しなければならない原発はいらない!

原発がなくても、少ないエネルギーを工夫して使い、十分に豊かに暮らせる事を実現しよう!

私たちはもっと豊かに、助け合い、つながって生きてゆけるはず。

悲しい出来事の中で出会った、たくさんの人の愛の中で、私はかろうじて、今を生きている。

私は決して、忘れない!二〇一一年三月十一日の震災を。

鈴木(すずき)絹江(きぬえ)
NPO法人ケア・ステーション ゆうとぴあ 理事長。障がい者自立生活支援センター 福祉のまちづくりの会 所属。全国自立生活センター協議会(JIL)会員。JIL認定 ピア・カウンセラー。JIL人権委員。

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