ゆめ風基金

特定非営利活動法人 ゆめ風基金

〒533-0033
大阪市東淀川区東中島1-13-43-106

TEL:06-6324-7702
FAX:06-6321-5662

MAIL:info@yumekazek.com

障害者救援活動にご協力ください

障害者救援金
送り先
郵便振替口座
00980-7-40043
ゆめかぜ基金
その他の振込方法

ゆめごよみ風だより

No.462009年9月10日発行

真夏の真剣なごっこ遊び〜災害避難所一泊体験マグニチュード7.3東京湾北部地震勃発を想定して

わらじの会 樋上秀
ゆめ風ネット埼玉・越谷避難所体験実行委員長

避難所となる体育館内で樋上さんが参加者に向けて挨拶をしている
実行委員長として挨拶する樋上さん

昨年6月に地元の埼玉県越谷でゆめ風コンサートを無事おえた直後の街角で「最近さ地震が多いね。恐いね」「うん、恐い、恐い。テレビでやってたけど、地震ブーム。ブームだよね」という女子高校生の会話を耳にした事が始まりだった。

地震ブームって?映像などでリアルに確認出来る為に恐さは認識が出来る。しかし実感が伴わない。それは今のご時世は滅多に停電もしないし、ライフラインのすべてが止まってしまうなんて想像しにくい。映像などで認識できる「恐い。かわいそう」は、あくまで自分がエアコンの効いた部屋で認識出来るリアルさでブームに変化していく。それはそれで良いと思った。けれども、それだけで終わりでいいのかが残った。そして其処からが避難所体験に向けて苦難の始まりでもあった。

越谷市の危機管理課、教育委員会、避難所提供の学校長との話し合いが難航したが、避難所体験を試みる。原則として市の防災備蓄倉庫の簡易トイレ等の備品を運び出して実際に使ってみる事が大切だと確信する。

しかし避難所体験が頭では大切な事だと感じるが、日頃の生活もまま成らないのに何時起こるかわからない災害の為に一泊までしてやる事があるのか。それも真夏の越谷で…これが本音だと思う。僕も何回自問自答しただろう。

それでも牧口さんの言っている「防災を地域のネットワークづくりのきっかけに」を合言葉にして本年5月24日に<災害避難所体験地域ネットワーク事業>実行委員会を発足。取り組みの進む静岡市障害者協会へ視察に行った。協会が昨年12月に避難所一泊体験を地元の住民と障害者が参加してやった話を聞き参考にした。

6月27日の第2回実行委員会には牧口さんに来てもらい意気を高める為に講演もしてもらった。短い時間で機運は高まり駅頭でのチラシ配り、会場周辺の住宅へのポスティングも行われた。参加予定者も徐々に増えていく。

当日間近になり新型インフルエンザなる強敵が再度浮上する。樋上とするともう何でもかかって来いと腹を決める。危機管理課が当日は消毒液とマスク数百枚を準備してくれた。

8月22日(土)東京湾北部地震マグニチュード7.3が14時に発生。越谷の震度6.1、ライフラインストップの避難所生活一泊目を想定に16時から避難所体験開始。

<真剣なごっこ遊びの避難所体験>そこでは参加者誰もが被災者。「皆で考え、行動、失敗、迷惑を繰り返そう」というのがテーマだった。障害者、高齢者、子ども等が一般の被災者と皆で一緒に避難所生活の課題と向き合っていく。そして生存が最優先である。もちろんリタイアもありで具合が悪くなったらタイムして休憩室で休む事が前提であった。

まずは避難所の設定。備蓄倉庫からの備品の搬入。貯水槽からの水の確保。救援、ボランティアが来るまでそれでまかなう。皆で助け合うのが原則。各班に分かれて行動した。全体の流れ、問題が発生した時の対処は本部班が受け持った。リヤカーで備品、水を1キロ離れた備蓄倉庫、貯水槽のある公園から汗だくになりながら運んでくる。積み残しの備品は時間の関係もあり想定外として車で運んだ。貯水槽の水は意外に美味いという感想。それは水が出ないという想定の基で皆で大切に運んだものだから出た感想なのかもしれない。水が貴重な存在であることを実感していく。簡易トイレの組み立ても皆で説明書を読みながら真剣にごっこ遊び体験をやっていた。炊飯の班も、目の色が違うという感じで皆で食べた非常食アルファ米の混ぜご飯は美味かった。体育館の灯りは発電機を設置。毛布が支給され22時就寝。誰もが体験した事のない真夏の一夜であった。暑さ対策、虫除け対策、床の上での寝心地対策など心配する事は山ほどあったが、それぞれに各自が体験してみないと分からないと、それなりに腹を括っていた思う。各自が疲れていたが2日目は清清しい朝であった。

体育館の床にブルーシートを敷いた避難所で一夜を過ごした参加者たちに挨拶
無事一夜あけてさわやかな朝を迎えた

避難所体験の参加被災者、身体、視覚、聴覚、知的の障害者、高齢者、子ども、日本に住む外国の方等、盲導犬を含め総勢130人余り、宿泊は54人。

課題、感想のまとめは10月25日にシンポジウムを開催します。

次に繋げられるかが最大の課題、防災地域ネットワーク事業は始まったばかり。「誰もが被災者」の皆さん本当にお疲れ様でした。

避難所体験実行委員会参加団体
誰もがくらしやすいまちづくり実行委員会
ゆめ風ネット埼玉
わらじの会
ロービジョン友の会アリス
埼玉県視力障害者福祉協会越谷支部
ウォータースポーツクラブ
越谷市障害者生活支援センター「ぱお」
NPO法人・障害者の職場参加をすすめる会
「深呼吸」編集部
越谷レイクタウンふるさとプロジェクト
協力
越谷市危機管理課
越谷市社会福祉協議会
越谷市教育委員会
越谷市立城ノ上小学校
越谷松伏水道企業団
障がい児者の地域生活を考える会(通称:しゃけの子いくら会)

「体験」に勝る防災行動はない 宿泊体験でわかる避難所運営と人のつながりの大切さ

ゆめ風基金防災プロジェクト 八幡隆司

避難所に物資がない!

8月22〜23日に越谷市で行われた避難所宿泊体験に参加しました。

震度6を超える大地震が発生し、ライフラインが止まった中で、避難者である住民が避難所の運営を担うこと。そして障害当事者が学校の体育館でどのように過ごせるのかを実際に体験してみようというのがこの企画です。

避難所訓練の必要性をあちこちで話したり、地元で実践したりしている私ですが、宿泊体験は初めてのこと。夜の時間帯に少し話をしてほしいと呼ばれたのですが、私自身もぜひ体験したいことだったので、喜んで引き受けさせていただきました。

樋上さんも書いておられるように、実施主体は様々な障害者団体が集まった実行委員会。今年5月に発足したときには、準備があわただしく、今夏ではなく来年にとの声もあったそうですが、事務局長の強い思いで、今夏の実施が決定したそうです。

身体、知的、視覚、聴覚など様々な障害者団体が集まる中で、構想をまとめ上げ、役割分担をし、実行に移すのは実に大変なことです。

私はスタッフが集まる午後3時に少し遅れて、会場となる「城ノ上小学校」に到着。ちょうどミーティングの最中でした。その後、学校のテントを借りて受付を設営して、午後4時からスタート。参加者に災害想定や注意、守ってほしいことなどを説明してから、参加者も何らかの役割分担を持って避難所設営の準備に入ります。

越谷の小学校は指定避難所となっていても避難物資は置いていません。学校が教育委員会の管理であり、避難物資を管理する市当局とうまく折り合いがついてないところは全国でも数多くありますが、物資倉庫から車を使わずに避難物資を運ぶのは結構な労力と時間が必要です。

物資倉庫からリヤカーで水など物資を運ぶ

物資倉庫まで行き、避難所運営に必要な、水、食料、毛布、器材、仮設トイレなどをリヤカーで小学校に運び入れるのに、1時間以上かかりました。

ほとんどの人が避難所に物資がないことを初めて知り、感想会でも学校に基本的な物資を学校においておくべきだとの声が多くありました。

風が強くてコンロが使えない

床を汚さないようにブルーシートをはったり、仮設トイレを組み立てたり、避難所に集まった人たちの仕事はいろいろあります。夕方6時近くになると窓のないトイレはすでに真っ暗。発電機を動かし、投光器による明かりがともり始めました。

火を使うのが危険だと、屋外でお湯を沸かそうとした食事班は、想定外の風の強さに困ってしまっていました。

しかしそれを見ていた人が、リヤカーや物資の入っていた段ボール箱を利用して風よけを作り始め、何とかお湯が沸かせる状態になりました。

仮設トイレの組み立てでも、担当者が初めてでどう指示を出せばよいか、説明書とにらめっこをしていると、そういう組み立ての得意な人が現れて、説明書など見ないでこうすればできるよと、組み立ての中心になっていました。

このようにあちらこちらで担当リーダーの助っ人が現れて、あまり混乱もなく準備がどんどん進んでいきました。

視覚障害者の人たちは、受付を担当する人を除いて、初めての場所でどのように行動すればよいか、部屋の形や大きさ、トイレまでの順路などを確認していました。

後の感想会でわかったのですが、地元の防災訓練に参加したこともあるが、ガイドヘルパーもいなくて、何も様子がわからなかったのが、今回の防災訓練ではきちっとガイドヘルプをしてくれる人もいたので、防災訓練の様子がよくわかったということでした。

短い準備期間の中でも、初めての会場設営がテキパキと進められたのは本当に感心しました。打ち合わせをかなりしっかりしているなということと、ちょっとしたハプニングがあってもすぐに対応する参加者の協力的な行動が印象的でした。

夕飯はアルファ米の五目ご飯。アルファ米とはご飯を高温で乾燥させ、水やお湯で元のご飯の状態に戻したときにおいしく食べられるように加工した保存食です。ただ何度も口にしたことのあるアルファ米の五目ご飯がとても塩辛く感じられ、こんな保存食も関東と関西で味が違うのかなと不思議でした(地元の人は辛いと言ってなかったので)。

眠れた!眠れない!

食事が済むと、災害想定を一時中断し、学校の電気をお借りして、ビデオとマイクを準備。阪神淡路大震災でのボランティアの課題のビデオ上映の後、私と実行委員会の吉田さんとで、防災訓練の大切さなどについて話をさせていただきました。

この時点で、日帰り組と宿泊組が分かれました。およそ半数の人が宿泊も体験です。障害者の人はほとんど残っていました。また自宅のポストに入れられたビラを見て来たという小学生とお母さんの親子も宿泊してくれました。

人数が多いときには必要なときだけコップにもらっていた水も、宿泊をする人には、ビニールパックに3リットルの水が入ったものが配られました。夜や朝の歯磨き、洗顔などもこの水が頼りですし、もちろん飲料用も兼ねています。ビニール袋は逆流防止型で、置いていてもこぼれることはありませんが、使うときには端っこに割り箸を入れて隙間を作り、その隙間から水を取り出す必要があります。片手で水を抱えながら使うのは難しいので、水が必要なときはお互いが声を掛け、協力し合ってコップに移したり、顔を洗うときに両手に水を注いでもらったりしている人が多かったようです。

夜のトイレも投光器に限りがあることから、固定された状態では廊下ぐらいまでしか光が届かず、トイレの中へ光を入れるためには、誰かに投光器を持ってもらう必要がありました。

ただ、こんな状況が逆に知らない人同士でも力を合わせて協力をし合う関係を生み出したように思います。

夜10時には体育館の照明を消し、トイレの廊下にだけ明かりがあります。それでも発電機の音、夜中に歩く人の足音などが、床に結構伝わってきます。「昔、戦争でもっとひどい環境で寝た。これぐらい天国」という年配の人、「どんな環境でも寝られると思ったけど、眠れなかった」という人、様々です。本部の人は交代で睡眠をとり、誰かが必ず起きている状態。役員の人はほとんど睡眠をとらなかったようです。

やってみることが本当に大切と実感

朝食後に参加者全員で感想を話し合いました。「体験をして色々なことがわかった」「参加して本当に良かった」というのがほとんどの意見です。ただ「今回は自治会の人の参加がなかったので、もっと幅広い人たちと一緒にやることが必要」という意見や、壁際に荷物を置いていた人も多く「視覚障害者が歩行しにくい状況があった。もっと通路や寝る場所などに配慮が必要」など、今後の課題も残っています。

私自身も堅い床に毛布1枚で朝起きたときは結構からだが痛くて、2日目、3日目と続いたらどうなるんだろうと思いましたし、参加者からも「訓練なので、精神的にはゆとりのある状態。実際の災害だったらもっときついと思う」という意見がありました。また今回は赤ん坊を連れた人などはいませんでしたが、「実際の災害ではそういう人もいる。そういう場合は大変だと思う」という意見もありました。

みんなで障害者用仮設トイレを組み立てた

この宿泊体験は、災害というものがより身近に感じられた貴重な時間だったと思います。またこの宿泊体験を無事成功に終わらせることができた背景には、準備に携わった人たちの色々な苦労があったと思います。最後に事務局長さんが感極まってほろりとこぼした涙がとても印象的でした。

©ゆめ風基金