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ゆめごよみ風だより

No.452009年5月21日発行

リレー・エッセイ 災害と障害者 第二十六回

災害は、忘れなくともやってくる

「天災は忘れた頃にやってくる」という諺がある。

五十年も百年も前に、地震や火事や何か大きな災害があった。甚大な被害を受けながらも、その後の復興で当時の悲惨な様子も消え失せ、家族や財産を失う苦しい体験をしたことも、日々の生活の中でついつい忘れはじめている。また、その災害を体験したことのない若い世代がどんどん増えていく中で、全ての事象が少しずつ風化していく。

そして、多くの人たちがその一瞬を忘れかけている時、再びその災害は襲ってきて、同じような被害を受けてしまう。この諺は、災害の大小は問わず、「その時の大変だったことを忘れてはいけませんよ」「必ずまた同じような災害はやって来ますよ」「それに備えた心構えでいなければなりませんよ」という教訓でもある。

しかし、人間という動物は、ある意味ではとても都合良く勝手なもので、Aさんが、さまざまな方法で、災害の悲惨さや苦しさや「こうすれば良かった、ああしておけば良かった」という自分の体験をBさんに伝えようとしても、肝心のBさんは「まあ、でも、私の所は大丈夫だよ」という気持ちで聞いているために、Bさんへのせっかくの助言や忠告も「右から左」へ抜けていってしまう。

日本人としても人間としても、本来忘れてはならないはずの「広島」や「長崎」の被爆体験という「語り部(市民)」のお話しも、終戦記念日という一年に一回の限られた時間でイベント化されたものしか伝わってはこない。

それどころか、毎日々々、朝、昼、晩のテレビやインターネットで流される極めてリアルな事件、「親子三人殺傷」とか「両親の虐待で子どもが死亡」とか「誰でも良かった殺人」などというニュースの場面が目や耳に焼き付けられ、犯罪や事故の悲惨さが日常化されマンネリ化してしまっている。

もちろん、被爆の悲惨さと日常の事件・事故は比較出来るものでもなく比較するものでもないのだが、身体の痛みや恐怖や理不尽な権力というものを体験したことのない者にとっては、映像化された目の前の事象の違いは分からないのだ。

「私の骨はとっても弱くて、少しの力で直ぐに折れてしまうのです。この病気を骨形成不全症と言います」などといくら説明しても、骨を折って痛いのは私であり、折ったことのない人にとっては「フーン、だからどうしたの?」というお話でしかない。

しかし、「国道一号線の○○で乗用車四台が関係する事故があり、二人が骨折の重傷」などと言うニュースを見ると「そうか、自分はこの重傷を二〇回も三〇回も繰り返しているんだー」と妙な感心をしてしまう私でもある。

危機管理と言う言葉が語られはじめて久しく、いつくるかわからない大地震のことかな?などと思っていると、極めて現実的なものとして、にわかに発生した「豚インフルエンザ」の拡散を押さえるための危機管理対策で世界中が騒然としている。

「まさか私が……」という「まさかから、もしかして」へ変化し、目に見えないウィルスというものに脅迫され、人権などと言うものが完全に吹き飛んでしまうようなことがいとも簡単に行われている。

成田空港や関西空港に到着したと同時に「機内チェック」が行われ、少しでも怪しい反応があれば、そのまま隔離。その周辺で関わった人も同様に移動禁止の措置がとられる。インフルエンザの拡散防止、水際作戦という意味では至極当然のことで疑問のないところなのだが、当事者たちにしてみればどうなのだろうか。犯罪者並みの扱いとなってはいないのだろうか。

アメリカなどでも、最初に国内にウィルスを持ち込んだ人の犯人捜しのようなことが風評的に行われているとも伝えられている。

ある意味予測不能な大きな地震の発生。その直接的な被害もさることながら、私は、避難所などにおける「危機管理」と称した非人道的な扱いについて強い危惧をもっていて、それに対する一定のルール作りが絶対に必要だと想っている。「このこと(例えば個々のしきり)は守りますが、このこと(例えばお風呂)は何日間か我慢して下さい」という説明や合意形成の必要性である。行政もボランティアも、その約束を守るためのプログラムを実施していくというルール。

間違っても避難所のどさくさついでに、重度の障害者を入所施設に入れてしまおうなどということがあってはならないのである。

「天災は忘れた頃にやってくる」が「戦争は忘れた頃に作られる」では困るし、危機管理と称して「軍歌」と「軍靴」が玄関をこじ開けて入ってくるようなことでは困るし、障害者といえども自分たちの危機管理を忘れてはならないと想う今日この頃である。

矢吹(やぶき)文敏(ふみとし)
一九四四年生まれ。山形県出身。印刷業自営一五年。福祉機器販売会社勤務三年。一九八三年十月、第六回車いす市民全国集会実行委員長。一九八七年五月、京都で出来たばかりの日本自立生活センター事務局として参加。現在DPI(障害者インターナショナル)日本会議常任委員、障害者権利条約の批准と完全実施を目ざす京都フォーラム実行委員会事務局長など。

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