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ゆめごよみ風だより

No.412008年5月21日発行

リレー・エッセイ 災害と障害者 第二十二回

被災現場の要援護者の生活から考える

私の所属する社会福祉法人AJU自立の家わだちコンピュータハウスでは八年前に起きた東海豪雨災害において実際に被災した障害当事者からヒアリング調査を実施、避難所生活のあり方について検証と改善提案をしてきました。

昨年七月に発生した新潟県中越沖地震では被災地柏崎市に二回にわたり災害時要援護者の被災状況及び避難生活の聞き取り調査をおこないました。

私達はここで、数々の障害当事者及び福祉関係者、行政関係者のご協力により多くの貴重なご意見を聞かせていただく事ができ障害当事者が災害時に直面する現状が浮き彫りになりました。

地域に住む障害当事者でご協力頂いたのは刈羽村在住で脊髄狭窄症の中途障害Aさん。彼女は車椅子生活の重度障害者の女性。夫は健常者でサラリーマン。子供さんはダウン症で地元の養護学校高等部三年生です。地震発生時家族は自宅にいましたが激しい揺れで家の周りの土地が隆起・断裂。子供はパニックを起こしました。自宅にいたら危険と判断し玄関から夫に抱きかかえながら外へ避難。通りまで出たところで揺れが収まった。その日の夜は倒壊した車庫から車を引き出し家の前の道路で車中泊、二日目から避難所へ、避難先にも苦慮し、高齢者福祉複合施設のデイサービスの一角に三人家族に身を寄せました。しかし、ここの利用者は平均九四才、二十名近くが利用する施設でしたが八十代の女性からはよそ者呼ばわりされ中にはドロボウ呼ばわりもされることもあり、子供もストレスが溜まりいたたまれなくなりました。自宅は半壊状態で戻れず食事の事、寝る場所等を考え仕方なく夜だけ施設に泊まる事にしました。

発災時は夏の暑い盛りで洗濯物の対応には夫が会社の洗濯機を使い自宅に干しに戻り、避難所へ向かう生活が約一カ月続きました。昼間過ごす避難所は一ホールのためプライバシーが無く、仕切られた小部屋の必要性を強く感じました。避難生活が長期化するに連れて部屋から出ることが億劫になり相談もしたくない心理状態になっていきました。そんな折り、夫も体調不良となり血圧が一九〇に急上昇し入院。仕事も一週間休む事態となりました。

行政からの支援は食事のみ、避難所にいる間、被災者の受けられる情報、手続きの案内は半壊した家に届いて、被災家庭への情報提供が遅れました。更に避難所も期限があり仮設住宅の入居に関しても問題点も浮き彫りになりました。国の定めた基準で作られたため車椅子では狭すぎて使えず、また二年間という使用期限、仮設住宅内は車の持ち込み禁止等で断念しました。仮設住宅以外アパートや借家の改造も考えたが、復興資金一〇〇万円が自宅再建に使えないとわかり辞退しました。自宅の復旧工事にも問題がありました。住宅再建のため職人を手配しましたが人手なく結果、上越市の職人に直してもらいましたが、彼らの話だと「応援要請があったらもっと早く直せたのに」上越の建設業組合から派遣要請の打診をしたが、被災地柏崎市刈羽村の指定業者しか入れないという縄張り意識があり結局、私達が訪問した十一月下旬にやっと自宅の補修が終わりました。せめて自宅の復旧、緊急時には縄張り意識をしないで住民優先の対応してほしいと切実な訴えでした。

私達の突然の訪問にも快く聞き取り調査に応じて頂きその間も職人さんが車庫の土間に生コンを流し養生作業をする中で自宅に帰れた安堵感と子供さんお母さんと笑顔で食事をしていた様子が印象的でした。また、旦那様には奥さんが今までの労いと感謝を込めて外で飲んで来て欲しいとの心遣い、何か心に打つものを感じました。

今回の地震で日頃近所とのつき合いもなく回覧板も回ってこない生活を振り返り、これから近所との付き合いを見直さなければとの言葉に、本人の地域住民との関わりについて考えを改めもっと交流をもつ機会をもたないといけないと感じたそうです。

災害とは地域、時間、季節により毎回違った形で起き、その現場に居合わせた人は初めて経験する、思っても見なかった異様な場面に直面します。そしてその度に障害者や高齢者が後回しにされる現場で当事者は苦悩し工夫し、新たな知恵を生み出しながら、何とか災害を乗り越えてきました。 今年、要援護者と支援者によるDIG(災害頭上訓練)を行いました。日頃災害についてあまり関心のない障害者も支援者も、いざ災害という日頃の環境が一変した中では避難行動や安否確認についての意見がまとまらない。そして、自分たちの住んでいる街を知っているようで意外と知らない結果となりました。

災害時要援護者と呼ばれる人たちは被災前の生活に戻るには時間がかかります。一般の人たちに比べ復興にも多くの時間、人手・金銭等問題を抱えます。復興とは元の生活に戻るだけではなく被災経験した住民同士が助け合いの連帯感から、「お互いがお互いを見守る、声を掛け合う、今まで出来なかった事が少しできるようになった」。こんな小さな積み重ねが地域の中で共に生きる力となります。

今、全国各地域で災害ボランティア講座が開催され、防災ボランティアの育成が盛んに行われていますが、地域住民と要援護者が復興までを時系列に組み立てた仕組み作りを、共に同じテーブルにつきながら構築していくことが今後の防災意識啓発や地域防災計画には重要であり、災害時要援護者対策が地域住民の理解を得ながら確実に進展していくことを望みます。

菅沼(すがぬま)良平(りょうへい)
愛知県生まれ。名古屋市昭和区にある社会福祉法人AJU自立の家、わだちコンピュータハウスユニバーサル事業部防災企画グループ所属。平成十七年十一月より障害当事者からの提案として自治体防災部局へ避難所対策備蓄品の提言を行う。石川県輪島市・新潟県柏崎市の災害現場へ入り避難所生活をする要援護者や関係者からの聞き取り調査や被災現場の関係者を招き災害時要援護者避難セミナーを行う。

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