ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だより

No.312005年12月8日発行

中越地震を体験して

私は平成8年に交通事故で障害(頸髄損傷)を持ち、現在は新潟県魚沼市で両親と一緒に生活をしています。入院中に初めて自立生活センターの存在と、「たとえ重度障害があっても自立生活はできる」という考え方を知り、私も自分の生まれ育った魚沼市で自立したいと強く思うようになり、数年前から自立生活センター新潟の協力を得ながら、魚沼市にも自立生活センターを立ち上げようと活動を始めていました。

そんな時、あの中越地震が発生したのです。私の住んでいる魚沼市の旧小出町と言う所は震度5強の揺れで、震度7や6に比べれば揺れの大きさは小さいんですが、それでもこれまで体験したことのないような大きな揺れで、体のバランスを保つことのできない私は車椅子から落とされるのではないかと思うほどでした。

本震の揺れが収まるとすぐ家族と一緒に外に逃げ、車のラジオを聴き、そこでようやく中越で大きな地震が起こったことを把握したのですが、このとき私の頭の中の多くを占めていたのは、地震に対する恐怖というより「自分がどこに避難したらいいのかまったくわからない」という不安の方でした。

しばらくして近所の人から「近くの広場まで逃げるように」という指示が回ってきたのですが、体温調節のできない私にとって、長時間寒い外にいることはできませんし、学校などの建物の避難所はバリアフリー化されていないのでそこにも逃げられない。そこで結局強い余震が続く中、とても怖かったのですが、家の中にいるしかありませんでした。

ただ幸い私の住んでいる旧小出町というところは、近隣の市町村に比べれば比較的被害も少なく、私の住んでいる家も大丈夫でしたし、一緒に生活していた家族も怪我をせず、常に私の側にいてくれたと言うこともあったので、私の場合すごく困ったのはライフラインの止まっていた最初の2日だけで、生活に関して言えば、3日目からはほとんど地震前と変わらないようになっていました。

しかし、いくら「家族と一緒だったからそれほど困らなかった」と言っても、「やっぱり障害者の安全のためには親元や施設にいたほうが良いんじゃないか」と言う風に考える人が増えていっては困るし、障害者が地域で安心して暮らすためには、問題を感じている障害当事者自身がどんどん声を出していかなければ、何も解決しないんじゃないかと言うことをこの震災を通して改めて強く感じるようになりました。

私の活動はまだまだ始まったばかりですが、この震災を通して「このままでは駄目だ」と思っている障害当事者の方とも少しずつ繋がりができてきましたし、今後もこうした人の繋がりを大事にし、一歩ずつでも前進できるよう活動を続けていきたいと思います。

山内俊博
1975年、魚沼市(旧北魚沼郡小出町)生まれ。1996年、新潟大学在学中に交通事故で頸髄を損傷し、首から下の機能のほとんどを失う。2年10ヶ月の入院生活を経て、1998年に退院し、家族とヘルパーの介助を受けながら在宅生活をスタートさせる。現在は新潟県内各地で自立生活を望む障害当事者の方々と連絡を取りながら、魚沼市に自立生活センターを立ち上げるための活動に取り組んでいる。

編集部より

中越地震から1年以上経過した今も、被災地では仮設住宅での生活を強いられている人が数多くいます。知的障害の人たちのグループホームも3ヶ所が新たな居住先を見つけられず、仮設住宅でこの冬を越すこととなります。【ゆめ風基金】では、自立生活センター新潟と連絡を取りながら復興に向けた動きを見守っています。その動きの1つが被災地に障害者自立センターを立ち上げることで、山内さんたちの活動が大いに期待されます。

パキスタン北部大地震 障害者救援

10月8日 パキスタン北部カシミール地方を中心としてM7.6の大地震が起こり、死者7万3276人(11/2同国政府発表)、300万人が住宅を失う(国連発表)という大災害となりました。被災地の南にあるラホールという町で活動する障害者団体ライフ自立生活センターが、地震直後から水、食料、毛布などの救援物資をトラックに積み込み救援活動を開始し、現在、厳冬期を前に、テント、毛布、食料の支給、相談などが精力的に進められています。

今回のパキスタン地震については、現地で障害者自立生活運動を続けてきたライフがいちはやく当事者主体の救援活動を開始したこと、ライフと日本の自立生活運動団体とは日本での研修を通じて顔の見える関係であることから、日本の障害者ネットワークが募金運動を開始、【ゆめ風】もその一翼を担う形で10月20日に救援金20万円を届けました。

【ゆめ風基金】としては、「当事者を中心とした救援活動」「顔の見える関係(救援金が障害者に直接届く関係)」というキーワードで海外の被災障害者とつながることができれば、と考えています。今、ライフなどパキスタンの障害者団体、DPI日本会議、JIL(全国自立生活センター協議会)などによって立てられた被災障害者支援計画には、障害当事者による被災障害者の調査、サポート、「復旧ではなく復興」(障害者もそうでない者も共に生きる街に生まれ変わることを目指す)など阪神淡路大震災の教訓が大きく反映されています。既に、自前のグループホームが空き家を利用して開設され、被災障害者を迎え入れる準備が始まっています。

ライフ代表シャフィックさんのレポート
(抜粋してお伝えします。http://www.dpi-japan.org/をご覧ください

2005年10月8日の地震は、パキスタン全土、特にAzad Kashimir と北部地域を破壊しました。たくさんの美しい緑の渓谷は、墓地と化しました。家、学校、公共の建物は跡形もなくなりました。ほとんどの人々は死に、そして生き残った人々も毎日死んでいっています。ある者は頚損になり、ある者は脚や手を失いました。そして多くの人々は家族を失いました。(中略)

ここで、非常に緊急で重要な問題があります。地震が起こる前から障害があった人に私たちはまだ2人しか出会っていません。彼ら以外の、もともと障害のあった人たちは今どこにいるのでしょう。みな死んでしまったのでしょうか?山岳地帯の壊れた家の中で、いまだに助けを待っているのでしょうか?いまだに家族が隠しているのでしょうか?もしくは、生き延びて家族が世話をしているのでしょうか?しかし、もし生き延びていたとしても、何百万という人々が家をなくしテントで暮らしているのに障害者が野外のテントにいないということはどうしてでしょう?壊れた家の中で、いまだに死を待っているのでしょうか?

こういった懸念を明らかにしていくつもりです。

トラックの荷台にたくさんの支援物資と男たちが数人乗っている

支援物資を積んで被災地に向かう自立生活センターライフのトラック。中央両手を揚げるのがシャフィックさん

車椅子の少女に折り紙で狐を作ってあげる
メンバーの救援物資と励ましで笑顔を取り戻す子どもたち

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