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ゆめごよみ風だより

No.212003年4月14日発行

リレー・エッセイ 災害と障害者 第二回

阪神・淡路大震災を経験して考える
まちづくりと人権

今年もあの日がやってきた。うーん!もう八年?いやー!まだ八年。私の中では、とても複雑な思いが同居している。日々の生活を送っていると、何もなかったかのように過ごしていることも多くなってきたのも事実である。

しかし、どんな複雑な思いであろうとも「生きてて良かった」といつも感じながら暮らしている。

一九九五年一月一七日午前五時四六分、気がつけば私の上に天井がのっていた。私の自宅は、関西でいう文化住宅、家賃は四万円というリーズナブルなアパート(人は、ボロアパートと言うが)の一階に住んでいたのである。突然の出来事に何があったのか訳もわからず、起きあがろうとした。しかし、二階が私の上にのっていたので起きあがることもできなかったのは当然である。私の弱々しい声で「助けてくださ〜い。助けてくださ〜い。ここにいます」というセリフが脳裏にこびりついて離れない。

幸いにして、私の自宅の近所では倒壊家屋がほとんどなかったため、近所の人が集まって掘り起こしてくれたお陰で、地震発生から二時間後には外へ救出されたのである。その時初めて、地震で自分の家が二階だけを残して失われてしまったことに気づいたのだ。

頭の中は、本当に真っ白で、何をどうしたらいいのか考えることもできなかった。一緒に暮らし始めて十ヶ月経つ嫁さんは、たまたま特別養護老人ホームの夜勤だったため、埋まることはなかった。

家を失った私たちは、近くにある中学校の体育館に避難したが、震災当日は弱肉強食の世界そのものであった。家が倒壊していなくてもその時はみんな避難していたので、家がある人たちは、布団や電気ポットなどを持ち込みカップラーメンなども食べていた。

一方家をなくした人たちは、寒さに震え、ただ呆然と時間が過ぎるのを待っているだけだった。その中で、おにぎりが届いたときには、家があってもなくても早い者勝ちみたいなところがあって、結局のところ、障害者やお年寄りががまんする、といった光景が今も忘れられない。

その後、マスコミで報道された「避難所での助け合い」などということは、避難所で暮らす人たちが落ち着いてきてからのことであり、やはり人は極限?に追い込まれると自分のことしか見られなくなるのだろうかと悲しい思いをした。今思えば、これが日本社会の縮図のようなものなのだろうか。

この阪神・淡路大震災をきっかけに、いわゆる「災害弱者」対策が多方面で語られるようになってきた。そのお陰で「震災の体験を話してくれ」というような依頼が全国各地からあり、すでに五十ヶ所以上で講演活動をしてきた。しかし、その後も日本各地で様々な災害が起きているにもかかわらず、その度に避難所や恒久住宅の整備などに代表される様々な問題をその場しのぎの対応でかわしてきていて、私たちが体験したことで、二度と繰り返してはいけないことを幾度となく繰り返しているような気がしているのは、私だけだろうか。

確かに、被災地において壊滅的なダメージを負った街並みも、いろいろな技術を駆使して、私たちが想像する以上のスピードで復興してきている。また、一過性のマスコミ報道のお陰で、被災地より離れている人たちは、災害があったことすらすぐに忘れてしまっている。

でも、ここでひとつ忘れてならないことは、「災害弱者」といわれている人たちは、災害がなくても「弱者」(私は、この言葉は好きではない)であるということである。

というのは、ノーマライゼーションの理念が浸透していないから「障害者」などはいつまでたっても「弱者」であり、特別な存在としか見られていないから、いつまでたっても「弱者対策」なのではないのかと私は考えている。

その裏付けのひとつして、今年の年明けから大きな問題となったのだが、厚生労働省がホームヘルプの国庫補助の上限を一日四時間に設定しようとしたことが挙げられるであろう。

本来、どのような立場の人であろうとも、地域でその人らしく生き続けていけることが権利として認められなくてはならないはずなのに、その当たり前の権利すら保障されていないということは、やはりひとりの人間として「障害者」は認められていないということになるのではないだろうか。

地域には、いろいろな立場の人が生活していることが当たり前であり、そのいろいろな立場の人が、人権が守られ、安心して生活できる地域として成熟していくことが、真のノーマライゼーション社会である。そういう社会になれば、障害者の自立生活も揺らぐことはないと思う。たとえどんな災害が来ようとも…。

玉木たまき幸則ゆきのり
一九六八年兵庫県姫路市に仮死状態で生まれる。小学校入学で拒否されるが、普通小・中学校に通う。日本福祉大学を卒業後、知的障害者通所授産施設に勤務。一九九二年よりメインストリーム協会の活動に加わる。阪神淡路大震災では、家屋の下敷きになり、仮設住宅で二年間生活する。現在、メインストリーム協会副代表。西宮市障害者生活支援事業「ピア・サポート西宮」担当。西宮のしょうがい福祉をすすめるネットワーク世話人。にしのみや権利擁護支援センター運営委員。二〇〇五年日本国際博覧会バリアフリー対策検討委員会委員。

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