ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だより

No.152001年5月30日発行

東海集中豪雨で障害者作業所に大きな被害 無認可作業所「友の家」に
300万円の救援金を届けました

9月12日未明に東海地方を襲った集中豪雨は愛知県下に多大な被害をもたらしました。

障害者の「生きる場はらたく場」も21ヶ所が浸水被害を受けました。

特に、重複障害者の作業所「友の家」(名古屋市西区、障害者メンバー18人)は新川決壊のため2日間1.5メートルの泥水につかりました。そのため、2つの建物と、車いす、クッションチェア、車、家具、電気製品、たたみ、ふとんなどの備品は壊滅状態です。1つの建物はまったく使えず、もう1つの建物の応急処置でしのいでいますが、冬に向ってしっかりした修理が必要です。

18人の障害者メンバーは身体、知的、言語の重複障害。建物と備品の被害総額は約1800万円。【ゆめ・風基金】事務局は、ネットの「わっぱの会」を通して被災障害者の被災状況を調査し、神戸の被災地障害者センターと協同して「友の家」にいち早く300万円の救援金をお届けしました。

今回の水害で明らかになったことは、障害者は又もや後回しになったということです。自宅に高齢の家族と取り残された障害当事者の高松幸太さんは役所に救援を求めましたが、後回しにされ、結局救援にかけつけたのは障害者ネットワークでした。友の家の障害者Tさんも家族と共に車で近くのスーパーの屋上駐車場に避難し豪雨の中一昼夜をそこで過ごしました。つながらない電話をかけ続けていた障害者ネットワークのスタッフは、ようやくつながった携帯でTさんの避難場所がわかると、すぐに役所に救出を頼みましたが、「そこは避難所ではないから」と断られ、行政には頼れないことを悟り、急遽ゴムボートを購入して助けに向ったのです。

阪神淡路大震災の教訓をもとに自治体の防災計画が見直されましたが実際には役に立たなかったのです。

日頃から障害者と生活を共にしている作業所や事業所、自立生活センターなどの地域拠点が、いざという時の救援活動の拠点になることは阪神淡路大震災でも実証されたことです。行政はそのことを正当に評価し相応の財政的な保障をするべきです。そのことが防災への近道だと思われます。自らも被災した障害当事者の山田昭義さん(自立の家)は「行政の災害弱者対策は無きに等しい。各地の防災計画を障害者の視点で見直さないと同じ過ちを繰り返すのでは」と警告します。みなさんもそれぞれの自治体の防災計画を点検してみませんか?

豪雨被災 西区の障害者通所施設に支援団体が300万円中日新聞2000年10月14日

支援金ありがとうございました

(名古屋市西区)友の家 戸水純江

車椅子の利用者と戸水さん

名古屋市の一番西に位置し、庄内川・新川に挟まれた所に貸し工場を内装して作った小さな通所の施設が、私たちの「友の家」です。いわゆる、最重度といわれる障害者の仲間たちが十八名、3ヶ所の友の家に家族と作業所と地域の人々の支えの中で元気に通ってきています。

仲間たちが主人公であり、自己実現できる場所をモットーに、十一人のスタッフと共に小さな小さな作業所ではありますが、家庭的な手作りの暖かい雰囲気の友の家です。

九月十二日未明の豪雨は一年間の雨量の三分の一が一気に降り、友の家から五〇〇メートルくらいの新川の堤防が決壊し、一晩のうちに第一友の家と第2友の家は一・五メートル位水に浸かってしまいました。

建物は壁も床も使えなくなり、施設内の備品のほとんどが泥水の中で使用不可能となってしまいました。被害総額は二施設で一千五百万円以上となり、しばらくはどう復旧したらよいのか立ちつくしてしまいました。幸い、仲間たち・家族・関係者の命には別状なく、第一友の家だけは突貫工事で修復をし、三週間目から2ヶ所の友の家で取り組みを始められるようになりました。

第二友の家は、まだ壊れたままの状態になっていますが、今回の【ゆめ・風基金】の多額のご支援に元気付けられ、十一月を目途に工事を始めることになりました。今回の水害で、私たちはたくさんの物を失いましたが、それ以上に暖かい大勢の方々の善意を頂きました。

名古屋西の小さな場所ですが、障害の重い人たちの毎日通える場所として歩き続けたいと思います。これもひとえに、す早い動きでご支援して下さった【ゆめ・風基金】のおかげと心より感謝致しております。この紙面にて、お礼を言わせて頂きます。ありがとうこざいました。

東海豪雨災害に関して

高松 幸太(名古屋市西区)

11日深夜、私が寝ていると、町内組長から「今、庄内川(実際に決壊したのは新川だったのですが)が氾濫し、避難勧告が出ました。」との連絡がありました。しかし、避難所へどうやって避難すればいいのか分からず、私自身、自宅の2階に避難する方が安心だったので、母親と姉に2階へ移動させてもらいました。

しかし、私が思ったより災害状況は深刻で、13日午前10時にコンビニハウスの職員さんが、コンビニハウスに移動させてくれるまでは、ずっと2階で過ごし、排泄はバケツでし、狭い2階では、二晩とも眠れませんでした。

この災害で、一番つらかった事は、自分の思い出のあるパソコンや音楽のテープなどが流されたことでした。その時は、仕方ないと開き直りましたが、日が経つにつれ、徐々に落ち込み、つい最近まで心身ともに疲れていました。しかし、落ち込めないほど大変な状況の中でも、コンビニハウスに一泊した翌日、サマリアハウス(通所している法人の生活ホーム)に着き、職場の職員さんや仲間の顔を見た時、親しい職員さんから「早く行けなくてごめんね。でも、もう安心して。」と言われ、ほっとしました。ずっと昔から一緒に過ごし、仕事や生活などについて教えてくれ、気心の知れた職員さんの言葉は、何より私に安心感を与えてくれました。その後、1週間サマリアハウスで過ごし、かたづけが一応終わった自宅へ帰ることが出来ました。

この災害を通じて思うことは、災害時、行政は何をやっていたのかという憤りです。でも、あの災害時に、行政や地域住民がどう動くべきだったのかということは、私にも分かりません。でも、災害などの緊急時には、私たち障害者のことは後回しにされるという現実を思い知らされ、残念に思いました。

今、私の家は、浸水で風呂が故障したので、工事をしてもらっています。その為、入浴が出来ないので、コンビニハウスに入浴援助をお願いしています。サマリアハウスでも入浴は出来るのですが、自宅から遠い為、入浴後、自宅へ帰るのが大変で、また湯冷めして風邪をひく心配があるので、自宅から車で15分くらいのコンビニハウスに送迎もお願いして、入浴をしています。コンビニハウスが、自宅の近くにあることの便利さを感じ、安心感もあります。

コンビニハウス
1996年に名古屋市西区で民家を借りて障害者の介護を保障する活動を始め、専従スタッフとボランティアで24時間の介護体制をつくる。豪雨災害では安否確認、緊急救援活動に尽力。9月13日から16日まで、7人の被災障害者が避難生活を送った。
サマリアハウス
社会福祉法人「AJU自立の家」(名古屋市昭和区)のデイセンター。自立プログラムや学習、作業などの活動を行う。災害では安否確認をはじめ、被災障害者宅の後片付け、清掃などの救援活動のほか、「友の家」の募金運動をいち早く始めた。

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