ゆめ風基金

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ゆめごよみ風だより

No.132000年6月4日発行

台湾的聾唖朋友們!
(台湾のろう者の仲間たち!) 1999.12.25〜29 台湾大震災・被災ろう者訪問から見えてきたもの

草の根ろうあ者こんだん会 稲葉通太

台中懸聾唖福利協進會の皆さん。【ゆめ・風基金】と書いた旗を手作りしてくださいました。

阪神淡路大震災から5年目を迎えた今、被災地は復興したかのように見える。しかし、社会的少数者である障害者の生活再建には、まだまだ多くの障壁が残っている。私たちにつきつけられた課題は今なお重い。

しかし、その反面、震災から見えてきたこともまた数多くある。特に、他の障害者よりも社会へのつきつけの取り組みが遅れていた私たちろう者にとって、多くのことがみえてきた。たとえば、情報保障やバリアフリーの街づくり、そしてろう者自立の拠点=生きる場作りなど、どんなことに取り組むべきかも明らかになった。

では、台湾ではどうなのだろう?日本とどんな違いが見られるのか、どんな課題があるのか知りたい、そして台湾のろう者と情報交換したい。でも、マスコミ各社は外国の障害者の状況などほとんど報道しない。「それならば、自分で行ってこよう。台湾のろう者と会って話し合おう」と思ったのが、台湾行きを決意した理由である。(また、私は昨年10月30日付の朝日新聞の「論壇」に"災害時、ろう者に情報保障を!"という拙文を寄稿し、その中で台湾のろう者の状況について数少ない情報をもとに触れたが、調査の不十分さを反省したのも台湾行きの理由となった)

5日間というきわめて短い期間であったが、外国で100人以上の人たちと出会い、話しこんだのは初めてである。ほんとうに「最高の台湾!」であった。また、今回の台湾調査においては、震災での被害だけでなく、台湾のろう者のようすについて生活・教育・労働などいろんな面から知ることを目標とした(であるから、台北のろう学校なども見学した)。その中で感じたことを、不十分ではあるが報告したい。

まず、台湾のろう者との通じあいであるが、ろう者ならだれでも知っていることであるが、日本手話が70〜80%は通じる。手話を知らない健聴者からは「ヘエー、うらやましい」というような声を聞いたが、これはもちろん、1895年から半世紀にもわたる日本帝国主義の台湾統治支配の中での日本化政策の結果であるから、私としてはかなり複雑な心境である。

日本と台湾のろう者の状況を比較した場合、台湾のほうが進んでいる面もあるが(例えば、手話のすばらしさは台湾のほうがずっと上である)、震災時の問題点について言えば阪神淡路大震災よりもかなり苦しい状況である。政府からの補助がきわめて不十分であるのは阪神淡路大震災と同じであるが、決定的に違うのは、被災ろう者支援の核ともなるべき、ろう者団体の少なさと団体間の横のつながりの弱さ。阪神淡路大震災では、大小さまざまなろう者団体・グループがさまざまな支援活動を展開した(ただし、大同団結はできなかったが…)。そして、震災の中から出てきたことを要求としてまとめ、行政や公的機関やマスコミに訴えていくこともある程度やってきたと思う。…しかし、台湾のろう者団体の場合は、それ以前の段階にとどまっていると強く感じた。悪い意味で「共同体的」なのである。つまり、ろう者としての連帯感は強いが、自らの存在をするどく健聴者社会に出していき、変革していくというスタンスが非常に弱い。

もう一点は、障害者に対する社会の意識の未成熟。台湾の何人かのろう者・健聴者が、「台湾では障害者は、自分でがんばるか、家族がささえるか、施設に行くかのどれかになります」と語っていた。社会保障体制はかなり充実しているが、物的・金銭的支援で十分という雰囲気がかなり強いのである。であるから、地域を巻き込んだ生活再建活動というようなものはものすごく困難なのではないか、という思いを強くした。

このように台湾のろう者をとりまく状況は非常に厳しい。各ろう者団体の孤軍奮闘という状態がしばらく続くであろう。しかし、5日間で見せてくれた彼らのエネルギーはすばらしい。これからの新しい展望をきりひらいていくことをねがって、【ゆめ・風基金】や『草の根ろうあ者こんだん会』から義援金をお渡しした。

我們雖然生活在不同的國度、但聾唖者都是共同的朋友(国は違っても、ろう者は同じ仲間)。台湾のろう者との共同した運動も、今後の私たちの取り組みとしたい。

朝日新聞「阪神・台湾・トルコ 遺児・障害者の思いをつなぐ—当事者同士で情報交換、福祉制度を学び合う」【ゆめ・風基金】と草の根ろうあ者こんだん会の台湾障害者支援を伝える記事が今年1月17日の朝日新聞に掲載されました。以前「ゆめだより」でご紹介した「あしなが育英会」と共に紹介されています。スペースの関係で抜粋しています。

【ゆめ・風・ネット】からのたより島根

今、北海道から九州まで17の団体が【ゆめ・風・ネット】としていざという時の窓口を引き受けてくださっています。これから折りにふれて、ネットからのメッセージをお伝えしていこうと思います。

こんにちは。「ときどき落ち込むこともあるけれど、私は元気です」これは、「魔女の宅急便」の主人公キキのせりふですが、そのキキとは似ても似つかないヒゲのおっさんも同じ心境で、今回はちょっと元気の出る報告です。

「ゆめ・風・ネットしまね」を立ち上げて、「ゆめ・風展」「ゆめ・風コンサート」を開催してから1年が過ぎようとしていますが、今から思えば、牧口さんをはじめ事務局の皆さん、西宮市「すずかけ作業所」の渋谷さん、神戸市のワックンこと涌嶋克己さんなどたくさんの方にお出かけいただき、支えていただいて、まさに「ゆめ」のようなイベントができました。

けれどもその裏で、同じ障害者の自立と社会参加を目指す仲間の中にも「はっきり言って、私たちは神戸のことはどうでもいい」といった言葉を口にする人がいることにショックを受け、落ち込んでいた時期があったのも事実です。じつはそこから立ち直れず、地元での活動からはしばらく離れてもいました。また、地元に福祉施設を作ろうという活動も停滞していて、腹立たしい思いを抱えてもいました。

「ゆめ・風・ネット」としても、細々と「牧口さんの朝日福祉賞受賞のお祝いをあげたつもり募金」の呼びかけをするぐらいで、活動らしい活動もできずにいました。

そんなところへ、Hさん(としておきます)からの手紙。現金が添えられていました。「無事定年退職できたことに感謝して、基金にお役立ていただきたいと思います。匿名希望」Hさんはマスコミ関係の仕事をしておられ、私たちのイベントのときには「取材」として出会うだけの方でした。特別に思いを語り合うこともなく、その後の交流もありませんでした。それが、1年ぶりにこの手紙。残念ながら、Hさんの意志を尊重すればこれ以上詳しく書くことができません。

「感動」という言葉はあまり使いたくありませんが、自分たちがツマラナイことで落ち込んだり、モタモタしている間に、こうして「ゆめ・風」のことを覚えていて、あたためて、人生の節目の記念に寄付してくださる方があったということに少しばかりショックを受けました。

このように、「神戸」を、そして「トルコ」や「台湾」を、自分の隣に感じることができる人が、確かにおられる。それだけで、また元気が湧いてきます。元気が出るとちょっと遊びごころも出てきて、自分たちだけにわかる仮名も考えて、Hさんと事務局の橋渡しをネットがすることにしようと考えています。改めて思います。あんまり背伸びしないで、息切れしないようにゆっくりと、できることをできるだけやろう、と。

今、「ゆめ・風」とは別に「人権を考える学習会」を続けていますが、この会の合言葉は「むだか」、つまり「むりしない、だけどやる、軽いノリ」です。「面白半分」でいい、残りの半分はまじめなんだから、という態度です。ここらで深呼吸。元気出してまたやるかぁ、という気分にさせてもらったHさんに感謝です。でも、Hさんのこれからの仕事のことなど本当は皆さんに知ってほしいと思うと、何もかもばらした〜〜い!

「ゆめ・風・ネットしまね」は、昨年のイベントの際に、ボランティアの方によってホームページを開設しましたが、しばらく休眠状態です。

下記のアドレスにメールをお送りください。

「ゆめ・風・ネットしまね」太田明夫

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